アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する

アメリカ法を勉強している者が今考えていること、など。

一般条項の溜息

この種の問題は、大御所の先生の書いた法学入門の教科書にさくっと書いてある気もしないではないが(汗)
もっとも、機関間の権限分配という視点(後述)はアメリカのリーガル・プロセス学派由来だから、一部を除きあまり日本では正面から取り入れられてはいないかも知れない。
リサーチが進んだわけではないので、解答へ前進しているわけではなく、主題の周りをぐるぐる回っているだけなのだが、若干の敷衍を。
一般条項の憂鬱 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
「現代日本法においては、一般条項の地位が低下しているのではないか」
http://izw134.blog74.fc2.com/blog-entry-245.html
前提的立場として、自分はcommon lawyerなので、裁判官による法創造に(規範評価として)楽観的である、との傾向は否定し得ないかも知れない。少なくともアメリカを参照して思考している時点でそのバイアスからは逃れ得ないし、なんだかんだ言って100%ではないにせよ、アメリカンなやり方は気に入っている(*1)

一般条項の同定基準

一般条項の地位低下? - if you cannot be friendly.
「民法90条のように、要件のすべてが不確定概念で構成されているというものだけでなく、要件の一部*2に不確定概念を含む条項まで含めて、「一般条項」を観念する*3場合…
*2:あるいは重要な一部、と言ったほうがよいかもしれない。
*3:もっとも、この際には、”要件のどれだけの部分が、あるいはどのような部分が、不確定概念で構成されていれば、「一般条項」といえるのか”という、難しい問題が生じてしまうのであるが。 」
http://d.hatena.ne.jp/kouteika/20080805/1217948289
基準といえるほどのものではやはりないのだが、考え方の方向性として;
話の出発点は、利益団体の政治活動がある状況下で、いずれの/如何なる機関に政策判断・規範形成のイニシアティヴを委ねるか、ということにある。従って、ここで問題にしている「一般条項」にあたるといえるかは、かかる政策判断・規範形成において(政府の他の部門ではなく)司法部がどの程度のleewayを有しているか、が評価のポイントとなる。

法規それ自体を眺めて、そこにおける不確定概念の位置付けで判断しようとすると、前記の機能的な把握には入ってこない場合もあろうと思われる。(*2)
例えば、「要件の一部が不確定概念を含む条項」の評価に当たっては、当該不確定概念に裁判所が具体的に中身を盛り込むことによって、どの程度、結論に差異が生じるか、がポイントとなる。(*3)
あるいは、法律(狭義)においては確定してはいない概念が使われているが、(政省令に委任されているわけではないにもかかわらず)通達等によって関連当事者の間では特定の意味がガチガチになっており、事実上、司法部がそれとは異なる判断を為し得ないとすれば、ここで問題にしたい「一般条項」ではない。(*4)

逆にこれは、裁判所の「裁量」として議論されてきた問題群とも、重なり合いつつも微妙に位相が異なる。
即ち、「裁判所の裁量」といってしまった場合、個別の事件毎のカズイスティックな(アド・ホックな、といってもよい)判断を連想してしまうが、そうではない。
確かに新規の事件類型に初めて遭遇した裁判所は「一般条項」の与える権限に依拠してその「裁量」を行使し一定の結論を下すであろうが、このようにして形成された規範は同種の事件類型にも適用されるであろうことが予定ないしは期待されている。(*5)(*6)(*7)

特別法/一般法

先のエントリでは「近時の立法では一般条項はあまり盛り込まれない」理由の仮説として、日本型官僚機構を挙げたのだが、ややフェアではなかったかな、という気がしてきた。
というのも、「近時」どのような立法が為されているのか、という視点が欠落していたからだ。
「どのような立法」といってもまだ抽象的な物言いなのだが、つまり民法90条をパラダイムとして想定した上で「そのようなものがないじゃないか」と言うのはフェアではない。
というのも、民法は一般法も一般法、一般法の親玉みたいな法規である。 他方、特別法の適用においては−−「一般法」「特別法」概念の定義上−−法規で特に排除されない限り、一般法の規定が適用される。つまり、特別法のほうに規定を設けなくとも、(少なくとも私法分野であれば)民法の一般条項−−例えば、公序良俗、信義則、権利濫用−−が適用されるのであって、従って特別法の立法の際にそのような条項を設ける必要はない。(*8)
実際、今回の話題の出発点である知財分野でも権利濫用は普通に議論の射程に入る。あるいは特別法上の請求とは別立ての、民法709条に基づく請求とか(*9)

しかしだからといって「近時の立法では一般条項はあまり盛り込まれないのではないか」という問いが無効となるものでもなくて、今回問題のフェアユースもそうであるし、
isologue - by 磯崎哲也事務所: 「ネット法」の発表で考えた、日本人と「フェア」概念
「別の領域の話になりますが、例えば米国のインサイダー取引規制は、「フェアでない取引をしてはいけない」ということを基本とする非常にコンパクトな法律の条文からスタートして、多くの判例の蓄積によって全体の体系が成立しているのに対し、日本ではこれが何十ページもの膨大な法令になってしまっています。
判例で決まっていても法律の条文で決まっていても同じようにも思えますが、判例は「case(ケース)」というくらいで、まさにあるケースではアンフェアと判断されたことと同じようなことでも状況が違えばフェアなこともありうるわけです。
ところが、条文で単に「子会社の解散は重要事実にあたる」と書いてあれば、その子会社の解散の発表前にその親会社の株式を売買したら、その取引が「フェア」であろうがなかろうが、それはインサイダー取引になっちゃうわけです。」
http://www.tez.com/blog/archives/001113.html
というような問題意識もある。特別法固有の領域で、アモルファスな概念を使って条文を起こし、より具体的な規範の生成は判例法に委ねる、という可能性は、意識的に検討に値する。(*10)

剣か盾か

もう一つ、裁判所による一般条項の活用に際して、当該条項が請求の基礎として機能するか、抗弁として提出されるかによって、大きく違ってくるであろう。
前者であれば、原告がある意味裁判所に強制的に判断を迫っているわけだが(*11)、抗弁として一般条項を持ち出すのは最後の手段ともいえる(*12)

【関連】

一般条項の憂鬱 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
及びそこで参照のエントリ。
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夏バテ?

別に意識してそうしているわけでもないのだが、更新ペースが落ちている。
夏バテ、か?8月に入ってからはむしろ涼しいを通り越して寒いくらいなのだが。今も雨降ってるし。
まぁ、先月末締めの原稿を無理言って8月に入っても数日作業をしていて、それを出したら校正と別の原稿の締切の狭間でぐったし、という程度なのだが。
Googleストリート・ビューとか、書きたいネタは幾つかあるのだが。以前からぼんやりと引っ掛かっていた事項が突然前景化されると、勉強不足に気付いたり昔読んだものを読み返したりしないといけないと思ってかえって腰が重くなる。

某はてな村のいざこざを見ていて、どんなに立派なことを言っていても、意図が伝わらなかったときに、読者を罵倒するばかりで、意図がより確実に伝わるように自らのテクストをimproveする可能性を顧慮しない論者というのは、good faithに討議に参加しようとしていないと了解せざるを得ないし、論者として信用を失わざるを得ない。とりわけ、本当にマージナルな読者のみが異論を示す場合は別にせよ、「あなたはいいことを言っていると思っていたけれども、」と複数の人が表明している状況でも、それに耳を貸さないとするならば。
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街頭の景気後退

最近、涼しいを通り越して寒いくらいなのだが(笑)


住んでいる地区は、学生を別にすると、フィラデルフィアの中でもどちらかというと所得水準の低い層が集まっているのだが;

数週間前、行き付けのスーパーのデリ・コーナーがピザのコーナーを縮小した。
その分のスペースを、端材のゴッタで作り置きできて単価も安いスープ、チキン・ウィング、ラザニアが占めるようになった。
果糖の甘さが好きなのでよくフルーツ・サラダを買って帰るのだが、大パックで以前は5〜6ドルの水準だったのが、4〜5ドル台の価格設定になっている。重量を測定して記録しているわけではないので正確には言えないが、もちろん中身もその分減らしてあると思われる。
シーザー・サラダは、以前はエビ、サーモン、ベジタリアン(タンパクなし)だったのが、ゆで卵が入ったバージョンが加わった。エビ版、サーモン版より二回りほど安い。

たぶん、顧客が価格に敏感になっているのだろう。
街角の景気後退。
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北京奥運

北京オリンピックが始まった…らしい。
個人的には全く関係なく。

しかし全世界的に華僑社会では大いに関係あるよう。
チャイナタウンで開会記念のイベントをやる、ということで覗きに行ってみた。
横断幕 法輪講
要所要所にこのような横断幕が。 チャイナタウンの前で、法輪講関係(?)の抗議をしていた。
メイン舞台・踊り メイン舞台・挨拶
メイン舞台で踊ってた。 偉い人(らしい)の挨拶。
メイン舞台 マスコット
メイン舞台を少し引いて写したところ。
人出は見ての通り。
マスコット。
こう見ると戦隊モノみたい(笑)
マスコット マスコット
で、マスコットの着ぐるみが出動、と。
セグウェイ チャイナ
警備員。
この人出だとセグウェイに乗っているほうが不便な気が(汗)
今日は中華系でない人もチャイナ服(*1)
cultural awareness?
卓球 全体
オリンピックにちなんでこういう身体を動かす催しが。
右下の女の子は本当に強いらしい。
会場全体を眺めた様子。
パチもんプラモ
いかにもパチもんそうなプラモを発見してしまった(汗)
For Many Expatriates, Olympics Signal China’s Arrival - NYTimes.com
By ERIK ECKHOLM
Published: August 10, 2008
http://www.nytimes.com/2008/08/11/sports/olympics/11chinatown.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin

【関連】

"China in Turmoil" - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
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分母と分子

法科大学院の統廃合表明 法相「低実績校は整理」
「…新司法試験の合格率は4割程度にとどまって当初目標の7、8割には遠く及ばず…」
「「教育能力のない学校は学生に配慮した上で合併かやめるかし、あるべき法科大学院の姿を目指して整理すべきだ」」
http://www.47news.jp/CN/200808/CN2008080701000762.html
あのさぁ、LS学生が一学年当たり5825人いるのに対し(*1)、新司法試験合格者数が3000人固定(*2)だったら、「教育能力」の有無にかかわりなく絶対に「7、8割」なんて達成するわけないじゃん。
それに触れずにこういう書き方をするのは、相当分かっていないか、さもなければ悪意があるように思えてならないのだが。控えめに言ってフェアな書き方ではない。

もっとも(各大学個別のではなくトータルの)合格率のほうで大学側でコントロール可能な要素もないわけではない。「修了させない」という選択肢がある(*3)
でもこれは日本の教育システムが伝統的にやってきたやり方じゃないよね。ずっと入口の定員でコントロールしてきた(*4)
医学部定員増はスルーですかそうですか。医師については「質の低下」を心配する必要はないんですか。
asahi.com(朝日新聞社):09年度の医学部定員増へ、過去最大の8280人目標 - 社会
「全体で過去最大規模の8280人(08年度は7793人)程度の入学定員を目指す。」
http://www.asahi.com/national/update/0805/TKY200808050412.html
医師不足:医学部定員増条件、地域貢献計画を 文科省、大学側に - 毎日jp(毎日新聞)
「 09年度の入学定員を08年度(7793人)より487人増やすのが目標。」
http://mainichi.jp/select/science/news/20080806ddm012040064000c.html
来年度医学部定員 8280人程度に増員へ : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
「来年度の国公私立大学医学部の総定員を、2008年度の7793人から約500人増やして、ピークだった1982年の8280人程度にすると発表した。すでに、179人の増員は決まっているため、残りの約320人の増員を目指す。」
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080806-OYT8T00316.htm
1980年代前半と同水準の定員になる、とのことだが、ちなみにこの時期と現在の間には、団塊ジュニアが受験期を迎えた90年代前半が挟まれている。この間の時期、定員=分子が抑えられて、受験生=分母が拡大していたのだから、少なくともこれをベンチマークにすれば「質の低下」は避けられない(*5)

LSに話を戻せば、現状はちょっと多いよな、という感触については自分にもある。もうちょっと少なくていい。定員にして4000程度。これなら新司法試験合格者が3000人ということでも(*6)75%の合格率になる(*7)
教員の側から見ても、そのくらいの規模で集約して教育する態勢を整えていくのがいいのではないか(*8)

そして、法務省や文科省が介入するまでもなく、潮目が訪れるのは案外早いのではないか、というのが自分の見立てである。
特に「背伸び」して作った私大は、経営の目玉になると思って作ったのだろうが、合格実績が伸びず学生・受験生が集まらないとなると逆に一気に経営の負担になる。新たな投資をすることで状況を打開するというのも難しい(*9)。経営という観点からは既に厳しいところもあるのではないかと思われるし、そういう大学は“出口戦略”を睨む必要があろう。
そうだとすると、早ければ来月発表の今年度の結果を見て、一昨年・昨年も思わしくなかった大学は来年度以降の募集(今秋入試)の停止を発表する所も出てくるのではないか。今年は出てこない可能性も高いが、ここ2〜3年だろう。(*10)
そして、現在はどこも「最初」にはなるまいと根比べをしているが、「最初の一校」が出てくれば一気にLSをたたむ大学が現れる、と読んでいる。(*11)(*12)
Matimulog: LS統廃合の足音
法科大学院協会の8月7日付け声明(PDF)でも、青山善充理事長名で以下のように述べられている。
「現在の各法科大学院が万事理想的な状態にあると主張しているわけでは決してない。
…法科大学院の側から言えば、それぞれの法科大学院が自らの意思でこの重要な使命を引き受けることを決断した結果である。もし社会から負託されたこの使命に相応しい教育成果−−それは司法試験に合格さえすればよいということではない−−を挙げることができない法科大学院があるとすれば、淘汰されても当然であると私たちは考える。」」
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2008/08/ls_fdf2.html

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