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2009.01.05 (Mon)

Lochner-ism

いろいろと興味深い論点を含んでいる遣り取りだが、差し当たり一点のみ。
EU労働法政策雑記帳: 人権は国家に先在するわけではない
「現実には、今日的な労働法制ができる以前には、現代であれば基本的人権に反するとされるような条項を雇用契約に盛り込んで、その条項の履行を国家権力が強制するというような事態がごく普通にあったわけで、それが基本的人権に反するからとして、国家権力が履行を強制するどころか、逆にそのような経営者を規制するようになったのは、国家がそのような法規制を有し、実施するようになってからの話です。
実際、かつては、ストライキをやる労働者の方を国家権力が弾圧していたのに、今は不当労働行為制度によって労働者側を守っています。」
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-a37b.html
さらに踏み込めば、
20世紀初頭--といっても最初の3分の1--のアメリカ合衆国では、「基本的人権」に基づいた司法判断によって、政府による労働者保護の試みを妨げていた。 Lochner判決(*1)に代表される時期の連邦最高裁は、連邦憲法14修正のデュー・プロセス条項から導き出された「契約の自由liberty of contract」を絶対化して労働時間規制や最低賃金法や黄犬契約規制法といった労働保護立法を違憲無効としていた(*2)
連邦最高裁がこの態度を改めるのは、1930年代後半、後期ニュー・ディールの時期になってからである。

故にアメリカにおいて「司法積極主義judicial positivism」とは--"Lochnerization"などとも呼ばれて--悪口である。
そしてそのようなアメリカの経験に照らして、「基本的人権」と言えば切り札のように機能して望ましい社会状態が実現すると考えることに、自分は懐疑的である。(*3)

【関連】

保守からの銃規制違憲判決批判 - アメリカ法観察ノート
米国型違憲審査制についての覚え書き - アメリカ法観察ノート

【More・・・】

*1 Lochner v. New York, 198 U.S. 45, 25 S. Ct. 539 (1905).
*2 ついでに、所有権を絶対化したり、連邦政府による社会・経済立法の試みについては連邦政府の権限を限定的に解して違憲無効にしていたりしていた。こうした限定的・硬直的な法概念を操作可能なものとして組み替えていくことが、progressivism~リーガル・リアリズムの課題となり、現代まで続く法道具主義、政策としての法の基礎となった、と位置付けることができる。
*3 但し、人権の性質の把握に関する小倉弁護士の了解については必ずしも反対しない。国家と人権の関係という論点については明示的に留保。
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テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

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