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2008.12.31 (Wed)

Re: thinking through models

秋の私法学会には(当然)出ていないし(*1)、言及されている遣り取りについても不知だが、年が変わる前に--日本時間では既に変わっているか--釣られておこう。

hopping around: thinking through models
「僕のペーパーで提示しているモデルは,現存する全ての法ルールを説明しきれるわけでは,当然ない。なのに,「そのモデルでは,この部分を説明できないから,根本的な欠陥がある」なんて批判されると,はぁ?と思ってしまうわけ。
現実世界ってのは,そのまま直視すると複雑怪奇だから,そのある側面を切り取って単純化したモデルを使って分析を行う。だから,モデルと現実とはイコールでは当然あり得ない。↑のような批判は,こういった「モデルを使った思考様式」というのを根本的に理解できていないから出てくるんぢゃないかと。」
http://www.law.tohoku.ac.jp/~hatsuru/hop/2008/12/thinking_through_models.html

もう少し質問者にfavoralbeな解釈もあるのではないか。「モデルを使った思考様式」からも「根本的な欠陥がある」と発言できる場合があるのではなかろうか。

差し当たり、説明理論に議論を限定する。
規範(理)論だともう一捻り必要(*2)

説明されるべき事象(の候補)として、(ここでは法現象が説明対象と措定されているから)ルールAとルールBがあるものとする。
モデルαを使ってルールAを説明するものとする。

1.
ここで、ルールAよりもルールBのほうが説明されるべき事象として重要だ、と考えられるのであれば、モデルαに基づくルールAの論証は、ルールBについて説明できないことを以て論難できる。
もっとも、いずれの事象が「説明されるべき」かはまた別の規範的考慮に基づくのであり、内在的には論証できない。

2.
モデルβを使ってルールBが説明されるものとする。
この場合、モデルαとβの関係が問題となる。
  1. モデルαとβとがそれぞれ独立にルールAとBを説明する場合:特に悩むことなく両者が併存する。
  2. モデルβはルールBと同時にAをも説明し、かつαと両立する場合:βはαの拡張であるといえる。βに基づく論証はαに基づく論証よりも優れたものだといえる。が、思考のsimplicity等のためにα-Aに(差し当たり)焦点を絞るということはあり得る話であって、これを棄却する必要はない。(*3)
  3. モデルβはルールBと同時にAをも説明し、かつαと両立しない場合:この場合であれば、βに基づく論証はαに基づくそれよりも優れたものであるといえる。論証(α, A)の論者はαを拡張したα'(*4)を以て、Aと同時にBを説明しなければ、論証(β, A, B)に負けてしまう。α'の提出に成功した場合が一番面白い。2つの理論が、いずれがより優れているかを競うことになる。(*5)

もちろんもりた先生は差し当たってルールBは置いておいてAに焦点を当てることが重要だと考えてかかる報告を為したのだろうから、「Bが言及されていない」というのは問題設定を共有していないないものねだりの議論ではある。(1)ルールAよりも/に加えてBに(も)焦点を当てるべきことの論証を伴っていない、(2)モデルβへの(少なくとも)見通しを伴っていない、ということが元記事のテクストに現れていないverbalないしnonverbalな要素から読み取れたからこそ、もりた先生は批判されているわけであろう。

そうした、行間を意図的に読まず、小学生のようにあえて表面上のテクストのみに反応しているという意味で、当エントリは釣られエントリである。

もちろん、私自身が「モデルを使った思考」ができていないという可能性は大いにある。なにしろ私は事案の細部にこだわりcasuistic-ityを以て旨とする、common lawyerなのである(笑)

【More・・・】

*1 というかそもそも私法学会に入っていない。
*2 もっとも、捻った結果としてより複雑になるのかシンプルになるのかはよく分からない。
*3 むしろ、論証(α, A)に基づいて論証(β, A, B)が構築されることになろう。
*4 前記iiの場合におけるβに相当。
*5 どちらがより多くの、幅広い事象を説明できるか、というのが優劣を決する指標の一つとなるであろうが、差し当たり事象ルールAとBは両者とも説明できているので、この範囲内在的には優劣は決しない。他の基準--例えば説明の簡便さ、政策判断への洞察の深さetc.--によっては決することはあり得る。
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