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2008.08.03 (Sun)

一般条項の憂鬱

例によって調べ(られ)ないまま書く。


中山先生がフェアユースを導入する考えを固めた、らしいとのことだが(*1)
立法技術的に云々 - 雑種路線でいこう
「日本は大陸法だからフェアユースは難しいというのが定説と認識していたんだけど、やればできそうじゃん。これまでの議論は何だったのか。閣法と議員立法で敷居が違うので、議員立法でできるという議論なら一理あるが。専門性の高い領域でありがちなことではあるが、実装担当者の一存で、できたりできなかったりというのは如何なものか、と書いたが、著作権法の権威が翻意したから動いたのであって、担当者が情熱を持ったところで有識者の意見が保守的なら難しかったのだろう。」
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080729/law
まぁ、発生論的に言えば、そりゃ無理だ、というのが英米法ウォッチャーの感覚。
アメリカのフェアユースは元々判例法で、制定法に入ったのも判例法の条文化という位置付けになる。
日本の司法部に(*2)、そのイニシアティヴで条文にない判例法を創設・展開することを期待するのは難しい、とは言える。

しかし、機能論的に言えば、大陸法国でもできる。というか、昔からやっている。
権利者のロビー攻撃を受けない著作権政策、津田大介氏らが議論
「北海道大学教授でフェアユース採用の重要性を訴えている田村善之氏… 「…フェアかどうかの判断は裁判所で明らかになるが、司法はロビー攻撃への耐性が相対的に強い」」。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2008/08/01/20459.html
ここで指摘されているのは、政策決定のフォーラムを司法部に移すべき、ということで、法技術的には、条文レベルでは抽象的な規定のみを置いておき、具体的な場面でどうなるかは事件になってから訴訟の中で裁判所で決めるというアプローチ。
iSummit2008(表バージョン)の話 - 天秤の館にて ~Thinking at the balance’s manor~
「確かに政治的ロビイイングの弊害は増しているという感覚を持っていた」(*3)
http://d.hatena.ne.jp/masays/20080802/p1
で、条文に書いてあるのは抽象的な規定だけ、その中身がどのようなものであるかは事件を待って初めて分かる、という規定はもちろん、一般条項と呼ばれて、昔から六法の中に書いてある。条文の中にはそういう規定があることは、法学部の一年生で習う。フェアユースを立法化するというのは一般条項を著作権法に書き込むことに他ならない。

従って、法理論・法技術の大枠のところから言えば、大陸法国でもフェアユース的な規範を持つことはできる。
だが;(ここから本題)
果たして、うまくworkするであろうか。
何故そのような疑問を呈するかというと、前述の通り一般条項なるもの自体は法学部の一年生でも知っているシロモノであるわけだが、現代日本法においては、一般条項の地位が低下しているのではないか、という感触があるからだ。

一般条項を書く

一般条項といってまず思い浮かべるのは民法90条なわけで、かなりクラシカルな規定なわけである。
最近の立法で一般条項らしい一般条項を思い出せない。
や、もちろん「最近の立法」を全部チェックしているわけでもないし(*4)(*5)、そもそもいずれの規定が「一般条項」に当たるかも相対的なものなのではあるが。
しかし、本当にそうか、近時の立法では一般条項はあまり盛り込まれないといえるか、という問いは検証するに値すると思う。

そしてもしその通りであれば、それは何故か、という問いが続く。
一般条項を置くということは権限を司法部に授権するということで、権力が起草者から適用者に委譲される、ということを意味する。
池田先生にいわせれば、「官僚が権力の源泉としようとしているからだ」ということになろうが、しかし規制立法が複雑怪奇な条文テクストに仕上がるのは別に日本のお家芸ではなく、アメリカでも同様である。従って、「大陸法だから」「英米法だから」という説明はあまり成功しているとは思わない。

もっとも、アメリカの膨大な弁護士人口は難解な条文テクストを読み解くに足る知識労働者を供給している。ついでに官僚機構自体の編成が違っていて、リボルビング・ドアとも揶揄される官僚の人員の機構外との出入りは、それぞれの政策領域において、外部の専門家との協働/一体性を生み出しているとも評価できる。官庁による独占的な構造はない。官僚制のあり方が違う。(*6)(*10)
さらにアメリカの状況を敷衍すれば、条文を書いているlawyerもかつては法廷に立ち、あるいはやがては法廷に立つことを想定しているのだとすれば、ある政策領域のある局面で司法部に決定の詳細を委ねるアプローチを採用するのに躊躇しない、というのも理解できる。

一般条項を使う

レベルの異なるまた別の問いは、一般条項を与えられた裁判官は、果たしてそれを活用できるだろうか、というものである。(*7)
最近は、一般条項の使い方が硬直的なのではなかろうか、先例で既に認められているものを越えて新たな適用類型を創設していくことに裁判所が制限的なのではなかろうか、という直観がある。

それを感じたのが、昔、消費者契約法ができた頃に調べ物をしていた時で、どの文献を見ても「民法上の救済が不十分だから」というのが枕詞になっている。錯誤では、詐欺では、強迫では対応できないから、って、何故対応できないのー?概念を再構成して新たな適用をして判例法を発展させていってもいいじゃん、とcommon lawyerは思うわけである。

もちろん、先と同様、これは本当にそうか、というのは検証してみないといけない。(自分は日本法ウォッチャーではないから、偶々視界に入ったものしか見ていない。)

もし本当にそうだとすれば、やはり、それは何故か、という問いが成り立つ。裁判官が(かつてに比べると?)先例がある場合に拘り、条文と事案を虚心坦懐に眺めて大胆な判断をすることが(少)なくなっているとすれば、何故か。

一つは法曹(養成)制度に要因があるのかな、とは思っている。司法試験(LS含む)で勉強する実定法は当然判例を含むわけで、そしてそれを問われる養成課程で優秀な人物が裁判官になるわけである。そういう感覚からすれば、(例えば)民法90条の規範的内容というのは民法90条の判例が指し示すもの、なわけである。で、その範囲を踏み越えようとはしない。

もっとも、これは権力を行使する官職(Amt)の保持者として、健全な感覚でもある、とも思う。裁判官がその職務の正当性/正統性を「法の適用」に求めるのであるとすれば、その範囲を踏み越えようとしないことは、自らの権力についてsensitiveな態度を示すものでもある。(*8)

しかし他方、日本は法理論の形式的には先例拘束性がないといいつつ、事実上の先例拘束性は強いともいわれるわけである。
英米法系の判例法主義はしばしば(英語の文献でも)「=先例拘束性」として把握されるが、私見によればこれは片手落ちである。判例を創出し、判例法を展開させるcommon law powerと、先例拘束性が合わさって、初めて判例法主義が機能する。

条文だけを考える場合と、判例も考慮に入れる場合とでは、後者のほうが当然に規範の分量が多く、領域当たりの密度も濃い。要するに、より、ガチガチに固まっている。そういう状況で、先例拘束性だけを使って思考すれば、「もう決まっちゃてるねー。仕方ないねー」としか言いようがなくなってしまうのも道理である。

ここで必要なのは、先例を操作し、区別し、必要に応じて条文それ自体とその「精神」に立ち返ることであり、それなくして一般条項が機能することはなかろう、と思うわけである。(*9)
【2008/08/07 20:37 追記】
うわ、「一般条項」と「一般規定」がごちゃ混ぜになってる。みったぐない(>_<)
ので修正しました。
が、恥を保存するのも大事なので、コメントアウトだけでソースには残っています。
他にtypoを若干。

【関連】

ライセンスとガイドラインとニコニ・コモンズ - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
米国型違憲審査制についての覚え書き - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
日本の統治のスタイル - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
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コモンロー的なるもの? - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
みくみくになるのかな - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する Not Even Justice, I Want to Get Truth - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する

【More・・・】

*1 「導入する」の主語が中山先生になっているのは誤りな気がするが、もの凄く正しい気もする。
*2 多分、他の大陸法国でも。もっとも本当にそう言えるかは、共通のベンチマークを設定した上で、それぞれの法域に詳しい専門家と共同研究しなければならない。その際には、フランスやドイツといった大陸法の宗主国と、南米のような植民地と、東アジアのような輸入国とで違いがあるかもポイントたり得る。
*3 というか、札幌でこんなイベントやってたんだ。レッシグ来たんだ。
*4 というか、日本語の条文読んでいる時間があれば英語の判例読めよ、という生活をしているわけだが >オレ
*5 立法を全部チェックしている人なんているのか。内閣法制局や議院法制局ならやっている気もする。
*6 もっとも最近、官庁が立法に当たって外部の詳しい弁護士や研究者(見習い含む)を呼んでいる事例も目立つ気がする。単に自分の周囲にそういう人が複数いるというだけかも知れないが。霞ヶ関の立法能力がかつてよりも低下しているのでは、と心配してしまう。
*7 無論前提として、弁護士が一般規定を活用できるのか、というのもある。
*8 さらにその先には「裁判官の良心」論がある。
*9 それではそうするにはどうすればよいか。自分は、司法部が民主的正統性を持つことが、司法部のより大胆な法創造を可能にすると考えている。逆説的だが、司法部にもっと政治を。もちろん政治部門と同じインプットをコピーする必要はないし、そうすべきでもないが、しかし普通の政治過程とは異なった過程でrepresentされる政府の部門をまた別に持つとすれば、総体としてはより適切な一般意志の探求が可能となるであろう。
*10 これ引いてなかった。
『アメリカ社会の法動態』
  • 『アメリカ社会の法動態--多元社会アメリカと当事者対抗的リーガリズム』
  • ロバート・ケイガン(著);北村喜宣(他訳)
  • 慈学社出版、2007年
  • ISBN=【ISBN】
【2008/08/07 20:37 追記】
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テーマ : 法律全般 - ジャンル : 政治・経済

02:33  |  アメリカ法  |  TB(2)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>自分は、司法部が民主的正統性を持つことが、司法部のより大胆な法創造を可能にすると考えている。・・・、しかし普通の政治過程とは異なった過程でrepresentされる政府の部門をまた別に持つとすれば、総体としてはより適切な一般意志の探求が可能となるであろう。

労働事件では,労働審判が(実態は労働調停として)一定の紛争解決効果をあげていると聞きます。
知財事件では,どのような「部門」の構成になりうるのか興味深いです。
isc |  2008年08月03日(日) 18:16 |  URL |  【コメント編集】

> 労働審判
「作った」という話以降、フォローしていないのですが、盛り上がっているのですか。

ADRは事案に即した解決が可能である一方で、規範の形成という点が弱いとされますが。

知財分野は知財高裁があるので、規範形成という点では強いかも知れません。人事という点では普通の裁判所と同じですが。
IZW134 |  2008年08月04日(月) 14:21 |  URL |  【コメント編集】

●はじめて訪問しました。

はじめまして。フェアユースで検索していたら、こちらに来てしまいました。おっしゃるとおりですね。私はフェアユース推奨派的な考え方は好きなのですが、実際に導入してどうなるか、という議論は不足していると日々感じています。裁判官は、自己の権力に抑制的なのですね。なるほど、と思いました。
行路 |  2008年08月18日(月) 04:05 |  URL |  【コメント編集】

●こんにちは

> 実際に導入してどうなるか
ご指摘の通り、現在は導入するかしないかが論点なので、議論がなかなか先に進まないというのがあります。
導入するとなった場合に、どのような条件を整備すれば活用されるようになるのか、というのは政策的実践としても理論的にも未だほとんど考えられていない話ですし、本エントリで挙げた問いはその前提作業のための論点出し、ということになります。

エントリにも書いた通り裁判官の消極性それ自体は、私の印象論で、本当にそうかはこれから実証する必要があるのですが、仮にそうだとしても、一般条項的フェアユースを活用してもらうためには、条文の作り方、条文外の情報提供等で何とかする手立てはあるのではないか、との見通しは持っています。--もっとも今度はそこがロビイングの焦点になってしまうかも知れないのですが。
IZW134 |  2008年08月20日(水) 12:43 |  URL |  【コメント編集】

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