2017年06月 / 05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2008.07.09 (Wed)

死刑の対象犯罪の範囲

ある朝、妻の連れ子(stepdaughter)(8歳)を強姦し、医師に「初めて見た」と言わせしめた多量の出血を伴う傷害を内外性器に負わせた、などという鬼畜野郎に同情の余地は皆無なのだが;
「鬼畜野郎」ではあっても「鬼」ではないので「鬼退治」はできない。
Kennedy v. v. Louisiana, 2008 U.S. LEXIS 5262 (No. 07-343, June 25, 2008)
available at
http://www.supremecourtus.gov/opinions/07pdf/07-343.pdf.
事案の概要は冒頭の通り。
関連情報を若干付け加えると
  • 被害者は当初、被告人の主張と同様に近所の少年が加害者であるとしていたが、後に証言を変え、トライアルでもそのように証言した(トライアル時13歳)。その理由を被告人にそのように言われたからだとした。
  • 被告人の前妻の従妹=名付け娘も、8歳の時に数度、性交を含む性的暴行を受けたと証言した。こちらについては法的な訴追は為されていない。
  • 第三者の証言や物的証拠についても被告人=加害者とするストーリーと一貫し、被告人側のストーリーを支えるものは弱い。訴追手続自体については争われていない。
殺害の故意なき単純強姦に対する刑罰としての死刑はCoker判決(*1)で第8修正違反とされているが、同判決は被害者が成人女性の事案であった(*2)
児童への性的虐待への懸念が強まる中、児童のレイプ等に対して死刑を規定する州が現れた。本件のルイジアナ州はその嚆矢であり、そうした立法(*3)に基づいて死刑判決を受けた被告人が第8修正違反を主張して争った事例である。

関連する先行判例として主要なものはCoker判決の他に
  • Enmund判決(*4): 被害者の死を帰結した強盗を幇助していたが、被告人自身は殺害に加わらずその故意もなかった場合の死刑は違憲
  • Atkins判決(*5): 精神遅滞の被告人に対する死刑は違憲
  • Roper判決(*6): 犯行時18歳未満の未成年だった被告人に対する死刑は違憲

5:4。
法廷意見はKennedy執筆、Stevens、Souter、Ginsburg、Breyer同調。
反対意見はAlito執筆、Roberts、Scalia、Thomas同調。
Kennedyが法廷意見を執筆したことの意義は先に指摘した通り。

法廷意見が、第8修正事件では既に定着した審査基準だといえる
「成熟しつつある社会の進歩を示す、品位の発展的な基準the evolving standards of decency that mark the progress of a maturing society」(*7)
をガイドラインとし、さらにその具体的適用にあたってはRoper、Atkinsに倣って各州の動き→第8修正の目的についての独立の法理論的検討ないし道徳的・倫理的判断、という枠組を採用している(*8)のに対し、反対意見もこの枠組に基本的に乗って議論している(*9)
そこで、論点毎にまとめてしまうのが分かり易いだろう。
法廷意見 反対意見
「国民的コンセンサス」 現在、児童強姦に対する死刑を認めているのはルイジアナを含め6州(*11)である。44州は児童の強姦を死刑が可能な犯罪としていない。この数字はAtkinsやRoper、Enmundでの数字よりも大きい。 Coker判決のholdingが成人の被害者に関するものであるとしても、傍論はあらゆる強姦に対して死刑を認めないものだと理解され得るものだった。故に、(立法時には合憲性が確認されていたAtkinsやRoperとは異なり、)児童強姦死刑立法が低調であるという立法の動向は立法部や選挙民の価値判断を反映したものだとはいえない。
Coker判決は被害者が成人の場合についての判断であり、児童である場合についての死刑を禁じるものではない。そのようなものとして州立法部が誤解していたとの証拠はない
1994年連邦法は、死亡の結果を伴わないものも含め、死刑が可能な犯罪の範囲を拡大したが、被害者の死を伴わない児童強姦はそこに含まれていない。 関連する連邦法のコントロールする領域的範囲・強姦事件の数は限定されており、そのような事件類型に連邦議会が関心を示していないことが社会的価値の評価を示しているとはいえない。
児童の強姦に対する死刑を許容するほうへの変化の方向の一貫性は見られない。変化の大きさはAtkinsやRoperほどではない。
未採択の法案(*12)は資料にカウントしない。
近時になっての立法動向は新たなラインの展開の端緒を示す。これは近時の児童虐待への懸念と軌を一にする。
法案が廃案にされたのは本件の裁量上訴が認められた後であり、合憲性が確認されるまで立法を延期したに過ぎない。
RoperやAtkins、Enmundでは問題の類型の死刑執行が稀であった。
同様に、Furman判決後に(成人を含めた)強姦に対して死刑が執行されたのは1964年以来なく、その他の生命侵害を伴わない犯罪に対する死刑は1963年以来ない。
児童強姦に対して死刑を宣告したのはルイジアナが初めてであり、そのような死刑囚は本件被告人を含めて同州の2名のみである。
この期間は死刑の合憲性にかかる訴訟のため、執行が停止されていた期間を含む。
本法の下、ルイジアナにおいて検察官が死刑を求刑したのは4件であり、陪審はその内2件に対して死刑の評決を返したのだから、50%の高率である。
故に児童の強姦に対する死刑に反対する国民的コンセンサスが形成されているといえる。 連邦議会も陪審の行動も法廷意見のいう国民的コンセンサスを示しているとはいえない。州立法の動向は社会の品位の水準を示していない。
新規立法を為した6州が新たな「国民的コンセンサス」を確立しつつあるとするものではないが、その可能性はあった。法廷意見はその可能性を封じた。
応報目的 本件のような強姦の被害児童が被る被害は深刻で長期間に亘るものだが、このことは死刑が均衡ある刑罰であること帰結しない。判例法は死刑の課され得る犯罪を限定してきている。
本件では(国家的法益ではなく)もっぱら個人的法益のみが問題となっており、そのような場合には生命が奪われなかった事案には死刑は適用されるべきではない。死刑が応報目的に資することはないとはいえないが、殺人と児童強姦とは区別されるべきである。
Coker判決の下、児童の強姦に対する死刑は合憲だったのであり、死刑を拡張したことにはならない。第8修正の法理は一方方向のものではない。
国家的法益の侵害のほうが重大であるとの論証はなされていない。
あらゆる児童強姦より殺人のほうが残虐であるとはいえない。児童に対する強姦魔を通常のアメリカ人は道徳的堕落の典型と見るだろう。少なからぬ被害者が、身体的・心理的被害を被る。(AtkinsやRoperでは、問題となった要素が有責性を減じていると判示されていることと対照的である。)
死刑を許容することが被害者の苦痛の慰撫に有効かは明らかでない。被害者は長期の刑事手続に巻き込まれ、また道徳的選択を強いられる。 第8修正は被告人を保護するものである。被害者の利益は立法部における政策判断の際に考慮に入れられるべき事項であるとしても、立法を違憲判断する基礎を提供するものではない。
最も残酷な児童強姦のみに死刑を限定し、かつ恣意に陥らない基準を見出すのは困難である。殺人に関連して発展してきた基準を適用することは解決策とはならない。40年以上死刑が執行されてこなかった犯罪について今から同様の過程を開始することは不適切である。 手続上の懸念は、どのように慎重に立法されているものであるかにかかわらずあらゆる児童強姦死刑立法を違憲とする基礎とはならない。 現行児童強姦死刑立法は具体的な要因によって対象犯罪を限定している。その他の基準を案出することも容易である。(これらは殺人について合憲とされてきた加重事由よりも明確なものである。)
児童の証言の能力については問題が指摘されており、この問題は被害児童が主要な証人となる児童強姦において大きい。 第8修正は手続上の問題を提起するには不適切である。あらゆる児童強姦事件に児童の証言の問題が存在するわけではない。独立の証拠が十分な事件にのみ限定することも考えられる。
抑止 加害者への否定的な結果の懸念が性犯罪の通報を躊躇わせ得、加害者が家族である場合には特にそうである。死刑の可能性はこれを増幅し得、抑止・効果的法執行の障害となり得る。
加害者に被害者を殺害するインセンティヴを与えることになる。
以上を総合考慮すると、児童強姦に対する死刑は均衡を逸した刑罰である。
裁判所ではなく立法部に判断を委ねるべきとされるかも知れないが、確立した第8修正上の法理は死刑の利用を限定することを求めており、現時点においては被害者の死を伴わない犯罪に対しては科されてはならない。

Linda Greenhouseは法廷意見に死刑廃止の方向性は見出せないとするが、
Justices Bar Death Penalty for the Rape of a Child - NYTimes.com
By LINDA GREENHOUSE
Published: June 26, 2008
"...[T]here was no suggestion from the majority that the court was moving toward the abolition of capital punishment, which Justice John Paul Stevens called for in an opinion two months ago that no other justice joined."
http://www.nytimes.com/2008/06/26/washington/26scotus.html?_r=1&ex=1215316800&en=be186ea9705d3eb8&ei=5070&emc=eta1&oref=slogin
例えば法廷意見の末尾には
"Difficulties in administering the penalty to ensure against its arbitrary and capricious application require adherence to arule reserving its use, at this stage of evolving standards and in cases of crimes against individuals, for crimes that take the life of the victim." (emphasis added)
とあり、強調部分などはそう読む余地もあると思うが、いずれにせよ近い将来に連邦最高裁が連邦憲法上、死刑制度それ自体が違憲と判断する見込みがないことはその通りだろう。
だが、(個人的法益の侵害について、という限定付きとはいえ、)死亡の結果を伴わない限り死刑を利用してはならない、という判示は、ある意味常識にかなうものだが、幅広くsweepingでもある(*13)。むしろ、本判決で死刑の利用を限定したのは、適切な犯罪類型を小さく削り込むことで死刑制度それ自体の維持を狙ったもの、と評価することも不可能ではなかろう。


ところで、法廷意見、反対意見とも、連邦法は児童の強姦に対して死刑を規定していないことを摘示している。
しかし実は2006年の改正により、軍事法廷において、児童の強姦について死刑が可能であることとなっていた。当事者もその他の関係者も手続中、同法を摘示しておらず、指摘されたのは判決後、軍の弁護士のブログ上において、という珍事が起きた。
In Court Ruling on Executions, a Factual Flaw - NYTimes.com
By LINDA GREENHOUSE
Published: July 2, 2008
http://www.nytimes.com/2008/07/02/washington/02scotus.html?ex=1215662400&en=1eb028f2970b2fcd&ei=5070&emc=eta1
当事者は再審理を申し立てることも可能だが、この点は判断において決定的なポイントではないし、結論が覆る可能性は低いであろう。
面白いのは、ここで槍玉に挙がるのが裁判所ではなく、当事者や法廷助言者である、ということである。特に連邦司法省は、briefの提出すらしておらず、本件に関心すら示していない。

日本であれば「裁判所は法を知っている」から適用法条に誤りがあれば大騒ぎだが、ここではむしろ当事者らが裁判所の注意を喚起できなかったことに焦点が集まっている。
憲法裁判の特殊性はあるかも知れないが、法情報の存在形式ないしステイタスや、訴訟における当事者と裁判官の機能分担について、興味深い法文化的現象である。
連邦司法省はミスを認めた。
Justice Dept. Admits Error in Not Briefing Court - NYTimes.com
By LINDA GREENHOUSE
Published: July 3, 2008
http://www.nytimes.com/2008/07/03/us/03scotus.html?ex=1215748800&en=3df542c2888fe2a4&ei=5070&emc=eta1

【関連】

Kennedy's Court? - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
連邦最高裁2007-08年度開廷期の中間評価 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
死刑:lethal injection - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
retribution / revenge - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
第8修正シンポ - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
死刑:被害者感情論 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
性犯罪の履歴保有者の居住制限 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する

【More・・・】

*1 Coker v. Ga., 433 U.S. 584, 97 S. Ct. 2861 (1977).
*2 厳密に言えば被害者は当時16歳であったが、既婚の経産婦であり、判決では成人女性として取り扱われている。もっともこのように評価すること自体、フェミニズムの立場からは異論も出てこよう。
*3 12歳未満に対する強姦を加重強姦と規定する。年齢についての錯誤は有効な抗弁とならない。
*4 Enmund v. Fla., 458 U.S. 782, 102 S. Ct. 3368 (1982).
*5 Atkins v. Va., 536 U.S. 304, 122 S. Ct. 2242 (2002).
*6 Roper v. Simmons, 543 U.S. 551, 125 S. Ct. 1183 (2005).
*7 Trop v. Dulles, 356 U.S. 86, 101, 78 S. Ct. 590, 598 (1958) (plurality opinion).
*8 但し、Atkins判決や特にRoper判決で論点となった、外国その他国際的な動向については本判決では触れられていない。
*9 例えば、原意主義的な「かかる刑罰は第8修正採択当時から認められてきた」というような判示はちらりと書かれているのみである。
*10 Furman v. Ga., 408 U.S. 238, 92 S. Ct. 2726 (1972). 史上初めて(当該事件に対する)死刑(判断)を違憲とし、ほぼ全ての法域の死刑制度が見直しを迫られた。
*11 ルイジアナがかかる動きの最初であり(1995年)、5州がこれに続いたが、いずれもルイジアナより範囲は限定されている。州政府側はフロリダの立法も指摘したが、州最高裁がCoker判決に照らして無効としている。
*12 5州。但し、一部は廃案となっている。
*13 独立当時は英・米共に、死亡の結果を伴わないものも含め、幅広い犯罪に死刑が科されていた。特に原意主義的立場からは、かなり遠い地点まで辿り着いている。
スポンサーサイト

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

12:31  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://izw134.blog74.fc2.com/tb.php/225-91e606de

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。