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2008.06.10 (Tue)

テロリズムの防ぎ方

ここ数日、凄まじく暑い。
暑さで夜も眠れないので、昼間のパフォーマンスも悪い。
今日は夕刻になって一雨来た。これで少しは和らぐだろうか。予報によると明日以降は一段落するらしい。
昨日、書きかけて、消した。
だがやはり書いておかないと区切りが付かないので書くことにする。
ネット上の情報しか入ってこないから空気を読んでいないとは思う。


秋葉原は自分にとっても東京におけるナワバリの一つである。
従って、今回の件は他人事とは思えない。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

ただ、テロリズムの特徴が--そう、これはテロルそのものであろう。「マイクロ」テロリズムでも「サイレント」テロリズムでもなく--そのメッセージ性にあるのだとすれば、そのメッセージを声高に触れ回ることで、テロルは完成する。

既に手遅れで、“ジャーナリズム”なきマスコミはテンプレ通りのワイドショーを繰り返しているのだろうが。

これを書くことには躊躇がある。
自分は「思想の自由市場」の信奉者であるので。
そう、言論は自由だ。
だが、“劇場化”への違和感はどこまでも残る。
「ワイドショーを独占」させることで、彼の望みは完成する--完成させてはテロリストを利することになるのではないのか? それは次なるテロルを呼び出すことになるのではないのか?
「自由」を行使する「ジャーナリスト」の「プロフェッショナリズム」に期待するより他ないのだが。それはどこにあるのだろう。

他方、ブロゴスフィアにおける諸意見の表出については、それほどの違和感はない。
“観客”性は一緒なのではないか、という指摘は大いにある(既にある)とは思うのだが、自分は何らかの線引きはできるように思っている。
マスコミの一方的な切り口による物語り(narrative)が、ある種の「大衆操作」の一つに感じられるのに対し、ブロガー諸氏の意見の表明を市民社会的なるものとして把握するのはナイーヴに過ぎるか。

いずれにせよ、時間が経たなければ冷静な思考はできないであろう。
従って本エントリの趣旨は、追って思考の材料として、混乱しているということ自体を書き記すことにある。


事件それ自体に戻れば、
関係者が粛々と司法手続を進めることを希望するに尽きる。

筆不精者の雑彙 : 秋葉原通り魔事件 現場に居合わせた者の主観的記録
http://bokukoui.exblog.jp/8328490
現場に居合わせた方からのレポート。一次資料として。
秋葉原通り魔事件記事リストと、高速消費される事実のこと(1) - N.S.S.BranchOffice
http://d.hatena.ne.jp/north2015/20080610/1213043476
ブログ上の見解の簡潔かつ秀逸なまとめ。
そろそろ秋葉原の事件について語ってみるか - タケルンバ卿日記
「「住みやすい社会」ってのは「バカなことをしでかさないように規制する社会」じゃなくて、「バカなことをしでかすヤツがいたとしても安全な社会」だと思う。」
http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20080610/p2
政策上の見解としては自分は氏の立場に近い。
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テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

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2008/06/13(金) 09:10:21 | アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する

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