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2008.05.21 (Wed)

謝罪する医師

アメリカで交通事故を起こしたら"I'm sorry"と言ってはならない、過失を認めたことになって高額な賠償を食らう危険があるから…というのはよく言われる、本気なのかジョークなのか分からない話だが;

訴訟リスクという点ではより大きなものに直面していると言えそうなアメリカの医師も、医療過誤訴訟の虞があるとなればミスを認めるべきではない、ということになりそうだし、実際にそうであってきた(現在完了形)が、
Doctors Say 'I'm Sorry' Before 'See You in Court' - New York Times
By KEVIN SACK
Published: May 18, 2008
"For decades, malpractice lawyers and insurers have counseled doctors and hospitals to "deny and defend." Many still warn clients that any admission of fault, or even expression of regret, is likely to invite litigation and imperil careers.
But ..." http://www.nytimes.com/2008/05/18/us/18apology.html?ex=1211774400&en=3d8308f354396f53&ei=5070&emc=eta1
彼らが最近"I'm sorry"と言い始めた、というレポート。

ポイント:
・driving forceとしては、医療過誤に対するコストの削減(!)と、consumerの医療過誤防止に向けたアクションの要請。
・医師/病院側はミスを認め、謝罪した上で、まぁまぁの額の(fair)賠償を提供する、ことにより、
"... they hope to restore integrity to dealings with patients, make it easier to learn from mistakes and dilute anger that often fuels lawsuits."
・患者との関係の回復、ミスからの学ぶことを容易にする、訴訟に油を注ぎかねない怒りの緩和、を狙っている。
"[T]hey hope"という辺りがちょっと弱いのだが、
・ミスそれ自体よりは、ミス隠しや再発への懸念こそが、合理的(reasonable)だった患者を怒れる原告にしてしまうことがある。

同様の話は日本の法社会学研究でも言われていたような。

・→このため、ミスを認めるという新たなアプローチは、(予期に反して)病院の抱える訴訟件数を減らし、その処理にかかるコストや医療過誤保険の保険料の低下をもたらしている。
・新しいアプローチでは、病院側がミスを認める際はすぐにまぁまぁの額の賠償を提示する一方で、ミスを認めない場合には裁判でも徹底して争う。 →原告側弁護士から見ても、訴訟までして戦うのは最後の手段ということになる。

・無謬性から透明性への移行は、カルチャーの大きな変化を意味する。
・新しいアプローチは、過誤対策に自家保険で対応し、またスタッフの全てかほとんどと雇用関係にある(*1)医療機関で最もよく機能している模様。 ∵関係当事者の数が限定されるから。
・34州で、ミスを認めることは裁判所で利用されない旨、立法されている。連邦では立法がうまくいっていない。
この立法というのは、ニューヨークだとこれかな。
NY CLS CPLR § 4547 (2008)
§ 4547. Compromise and offers to compromise
Evidence of (a) furnishing, or offering or promising to furnish, or (b) accepting, or offering or promising to accept, any valuable consideration in compromising or attempting to compromise a claim which is disputed as to either validity or amount of damages, shall be inadmissible as proof of liability for or invalidity of the claim or the amount of damages. Evidence of any conduct or statement made during compromise negotiations shall also be inadmissible...
こうした立法があるにもかかわらず、「ミスを認めるな」というカルチャーがあってきたのは何故か、という問いもあるが。(*2)

こういう実務は日本でも研究されるに値するだろう。
日本の場合、お医者さんのブログなどを管見して懸念されているのは、全体としては納得してもらえる患者が多いとしても、一人でもmonstrousな患者(やその関係者)が混じっているとworkしなくなってしまうのではないか、という虞だと思われる。そういうirrationalな人をscreen outしていく方策も組み立てていかないと拙いのだろう。
あと日本の問題は、刑事司法の介入。これは私見としては余計なことだと思う。

義憤と私憤との狭間で - 雑種路線でいこう
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080519/press

【関連】

システムと「個人」の「過失」 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
retribution / revenge - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
損害賠償法と医療 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する

【More・・・】

*1 アメリカでは、病院の設備を使用するだけで、病院とは雇用関係にない医師(にかかる)、という実務も広く行われている。
*2 そして、「どこの裁判所で訴えられるか分からないから」という答えもいちおう提出できるが。
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テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

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