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2008.05.06 (Tue)

ヴォランティアの成立し得る空間

湯浅誠さんの目的がよく分からない - 躁うつ病高齢ニートの映画・TV・床屋政談日誌
「具体的には「市民」のチャリティや共同体の互助に依存する社会ということでしょう? それでは上に書いたようにかえってパブリックの福祉を弱体化させてしまったり…」
http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080430/p3
「市民」「共生」幻想の危うさ - すなふきんの雑感日記
「ましてやセーフティネットを「市民」のボランティア的活動というあやふやなものに委ねようとするのはその「進歩的」外観とは裏腹に、実は退行的なやり方とすら言えるかもしれない。」
http://d.hatena.ne.jp/sunafukin99/20080501/1209595779
これらの見解に基本的に同旨なのだが;
もし、社会の全ての成員が一定のベースラインの財の分配を受け得る権利を有するのだと考えれば、その供給をヴォランティアに期待することは、社会的に必要な財の供給を社会全体としてしかるべきコストを支払わずに、誰かのタダ働きに期待することになる。それは社会が全体として“サービス残業”に依存するということではないのか?
最近--といっても既に十数年のスパンだが--、しばしば公的セクターによって“ヴォランティア”が称揚されるが、公的セクターや政治的リーダーがそのように言うのは供給のためのコストをディスカウントして「善意」にタダ乗りしようとする意図が見え見えに感じられてどうにも違和感が拭えない。

逆から見ると、ヴォランティアがヴォランティアとして望ましいものとして社会的に了解されるためには、ヴォランティアによって供給される財は「あったほうが好ましいし、あるに越したことはない」が、「全ての成員に対して必ず保障されるべきもの」ではなく、それを超えたものとして把握されなければならないだろう。(*1)
つまり、社会の全ての成員に保障されるべきベースラインは低く設定され(てい)ることになる。

この観点からアメリカを眺めると、貧困等の社会問題の(特に、政府の施策としての)放置とヴォランティア精神とは、平仄が合っているものとして(*2)理解できる。
逆に言えば、福祉国家原理とヴォランティア精神とは一貫しないように思われるわけだが、それが両立している(ように見える)社会ではどのように整合性が確保されているかが論点になるはずだと思われるのだが、あいにく不勉強にして知らない。(*3)


さて、以上のような視角からすると、
なぜサヨクは駄目なのか?・・・いつものモグラ叩き・・・ - 躁うつ病高齢ニートの映画・TV・床屋政談日誌
「ボランティアやチャリティ自体が福祉社会の自己否定に繋がってしまうのではないか? 例えばアメリカが福祉社会を構築できないのは、別にサヨクが説くような大資本や支配層の横暴(?)に理由があるのではなくて、「自分たちのことは自分たちでやる」「金持ちやそこそこ豊かな中産階級が私的な福祉で貧乏人を助けるべきで、大きな国家に福祉を委ねてはいけない」という彼らの自治意識も要因となっているのではないか? アメリカといえば、昔も今も向こうの大資本家は「搾取」も批判されるが、一方で私財をチャリティや財団などに投げ打つのも好きでしょう? この辺りは宗教的な観念も大きいのでしょうけれど、しばしば美談として称えられる向こうの中産階級・富裕層のボランティア意欲の強さや富豪・成功者の施し故に、アメリカは福祉社会になれないのではないか?」
http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080503/p1
自己決定・自治主義と福祉主義の狭間で - すなふきんの雑感日記
「日本でかつて左派を支持していたようなタイプの層が小泉改革ブームの時に「改革」という文言に反応し、大挙して「改革」マンセーに乗っかったという現象をさらけ出したことと、彼らが同時にボランティアやチャリティが大好きな傾向とは何か根底で通じるような気がする。つまり日本の戦後リベラル=左派の中にはアメリカでの保守の行動原理と通じる部分がだいぶありそうだということだ。そしてこれは戦後民主主義とアメリカ文化が「セットで」同時に流入してきたことと関係があるのかも知れない。ここには日本の左派の中にある地方分権志向なども含めアメリカ的なマインドが無意識的にせよ影響しているのではないだろうか。同時に世界中の左派の特徴である大きな政府で福祉国家支持という矛盾する(!)志向も同時に持っていて、だったら中央集権でないといかんじゃないか?」
http://d.hatena.ne.jp/sunafukin99/20080503/1209802113
これらの、volunteerismとアメリカ型保守との連関の指摘についても、基本的に、一般的・抽象的レベルにおいては同意するのだが、細かく見ていくと--アメリカ理解として、その上での日本への応用可能性において--若干の留保が必要なようにも思われる。

寄付文化の性質
確かに、功成り名を遂げた大金持ちが寄付をするというのがアメリカ(型資本主義)のカルチャーの一部にある、というのは指摘の通りなのだが;
しかし、その寄付の宛先はしばしば既存の、しばしば大規模な、非営利組織である。
典型は大学で、ハーヴァードやイェール、スタンフォードといった有名大学のほうが無名の大学よりも金持ちの卒業生を輩出しやすいというのは確かであり、彼らが出身大学に寄付をすることで、既に金持ちの大学はさらに金持ちになっていくという循環に乗っていくことになる。
そこに、所得の再分配効果を見出すことは難しい。(*4)

教会や社会正義を訴えるNPOといったところへの寄付はもう少し所得再分配効果を持っているかもしれないが、内部の運営費用等に費やされて(*5)、寄付金額の一体どれだけが実際の低所得層へ渡るかは眉にツバをつけて考える必要がある。(*6)

リベラルとprogressivismと「保守」
アメリカ政治のコンテクストにおいて「保守」と対抗関係にあるのが「リベラル」なわけだが;
まず第一に「リベラル」サイドのヴォランティア活動もある。確かに「リベラル」な政治的立場は政府の役割を相対的に重視するが、しかしこのことは草の根レベルの活動を否定するものではない。

また、現在のコンテクストでの「リベラル」の淵源を辿っていけばニューディールに行き着くわけだが、ニューディールの淵源をさらに求めれば19世紀終わり~20世紀初頭のprogressivismだと言える(*7)
progressivismは、確かにGilded Age~Lochner時代≒アメリカ産業革命の資本主義の高度化(*8)のもたらした社会的・経済的諸問題に対抗するという形で出てきたものであって、その意味では“ビジネス保守”と対抗関係にある。
しかし他方、prograssivism運動にはキリスト教倫理の影響も見て取れる(*9)のであって、一筋縄ではいかない。(*10)(*11)

このことは裏返すと、現在言われるアメリカの「保守」が、複数の出自を持っていて必ずしも一貫していないことにつながる。(*12)
少なくとも、経済的権益を重視するビジネス保守と、キリスト教(思想)を背景とする社会的保守とは区別されるべきだろう。
寄付文化は前者に属するのに対し、ヴォランティア文化は後者に属する。
そして、戦後、それらを統合していたのが「反共」のアイディアであったのだが、他方、アメリカにおける「反共」は気に入らないものであれば何にでも貼り付けられていた魔法のラベルでもある(*13)
なぜサヨクは駄目なのか?・・・いつものモグラ叩き・・・ - 躁うつ病高齢ニートの映画・TV・床屋政談日誌
「それといまだに反共意識が強いことも大きいと思います。」
なお、戦後に日本に流入した「アメリカ」は、前述のニューディール・リベラルであったことも確認しておく(*14)。1930年代以降長い間、アメリカでは「保守」はdefensiveな立場に置かれていた。(*15)
宗教とヴォランティア
宗教(家/組織/団体)が、貧困層等社会的弱者に対するサービス提供に積極的なのは、もちろんその教義上の要請という側面もある(場合もある)だろうが、しばしば布教や信徒の基盤確保という側面があることも忘れてはならない。
別にこれはアメリカ/キリスト教というコンテクストに限られず、一般的に言える。(*16)
「市民」「共生」幻想の危うさ - すなふきんの雑感日記
「「連帯と共生」論者の持ち出す「新たなコミュニティ社会」…では異質な思想傾向を持つ人間は排除されてしまう可能性もある。その意味でも公的サービスの方が優れていて公平さが備わっていると思えるのだが。」

まとめ

ようと思ったがまとまらない。この辺りは大事だとは思うのだがあまり勉強していないので、論点メモということで。

【More・・・】

*1 ここでは、介護や教育等、社会全体として恒常的に必要となる財・サービスの供給を念頭に置いている。災害復興ヴォランティア等、ある一定の--相対的に短い--期間、大量の労働力が集中的に必要となる場面については、そうした労働力を恒常的に予備的に準備しておくことはむしろ社会的に非効率だとも考え得るから、また別異に考えるべきかも知れない。
なお、(論点が存在していると認識していることを示すためだけに書いておくのだが、)「ある一定の--相対的に短い--期間、大量の労働力が集中的に必要となる場面」としては、「戦争」というものも想定し得る。
*2 もし福祉国家原理を望ましいとする政治的立場を採るのであれば、ここには「悪い意味で」という形容が加わるが。
*3 ここでは--そしてここで言及しているブログ・エントリでも--“経済学的”というか、政府の機能としてもっぱら財の分配等、“脱色された”ものを想定しているので、このように思われるのかも知れない。伝え聞くところによれば、ヨーロッパ型福祉国家ではもっと“ウェット”な「国民国家」の「連帯」原理に訴えているように思われる。
EU労働法政策雑記帳: ナショナリティにも労働にも立脚しない普遍的な福祉なんてあるのか
「最後になお残る労働に立脚しない福祉というのは残ると思うのですが、ナショナリティという我々意識なしにそんなものが維持可能なのでしょうか。働かない同胞になお福祉が与えられなければならないとしたら、それは「同胞」だから、としか言いようがないのではないでしょうか。」
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_0a8b.html
*4 だから無意味だ、と言っているわけではない。公共財(経済学的な意味で)を供給する機能は果たしているだろう。分かりやすい例は芸術への助成。
*5 弁護士費用とかね!(爆)
*6 そもそも、寄付文化の原因であり帰結である要素として、税制との関係は無視できない。すなわち寄付が所得から控除されることによって、要するに納税者の側としては納税するか寄付をするかの選択肢がある、もっと言えば、公共財の供給や所得再分配を、政府に任せるか民間非営利組織に任せるかを決定する選択肢を持つ、という側面は念頭に置かれねばならない。この点について詳しくは、藤谷武史「個人による公益活動支援と税制--寄付金控除の制度的位置づけを中心に」租税法研究35号27頁(2007年);同「非営利公益団体課税の機能的分析(1~4・完)--政策税制の租税法学的考察」国家学会雑誌117巻11・12号1021頁、118巻1・2号1頁、3・4号220頁、5・6号487頁(2004~2005年)参照。
*7 厳密には両者は区別されるようだが…(Progressivism - Wikipedia, the free encyclopedia
*8 もっとも他方、こうして財を成した金持ちたちが寄付に励んだことも注記されねばならない。ロックフェラー、カーネギー、今でもニューヨークのpoints of interestに名を残す人々はこの時代の人物である。
*9 その影響の頂点が禁酒法である。
*10 田中英夫先生の歴史描写は、シンプルな発展史観に立っていて、こうしたエグみが足りないと感じることがある。もちろん戦後日本の社会科学がマルキシズム/唯物史観の圧倒的影響力にあったことを考慮すると、当時としてはスタンダードな史観だったとは思うのだが。
*11 とは言え、progressivismは大事だと思うのだが勉強しなきゃと思うだけでできていない。平体先生の本も積読なんだよなorz
『連邦制と社会改革』
  • 『連邦制と社会改革--20世紀初頭アメリカ合衆国の児童労働規制』
  • 平体由美(著)
  • 世界思想社、2007年
  • ISBN=9784790712657
*12
『アメリカ保守革命』
  • 『アメリカ保守革命』
  • 中岡望(著)
  • 中央公論新社/中公新書ラクレ、2004年
  • ISBN=9784121501264
*13 古矢旬『アメリカニズム--「普遍国家」のナショナリズム』(東京大学出版会、2002年)第5章参照。
*14 例えば、戦後の日本の法改革の重要な部分には、労働法や独禁法という、progressivism~ニューディールにおいても重要性を持った施策が含まれている。
*15 だからこそ1980年のレーガンの大統領選挙勝利が、「レーガン革命」なのである。
*16 逆にこれに対抗していくのが終風翁の強調する「義」の原理なのだろうが…既に風呂敷を広げ過ぎているのでもう止めておく。
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