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2008.04.10 (Thu)

popular constitutionと「教育」

ちょっと間が開いてしまった。続き、というかここからが本題。

Akhil Reed Amar, "The Bill of Rights" (1998) の"PART I CREATION"で特徴的なのは、独立期における理解として、第1~第10修正の通称「権利章典the Bill of Rights」を、権利章典(bill of rights)=少数者/個人の権利を保護した文書としてではなく、多数派を擁護するシステムを構築し(ようとし)たものとして読むことである。
もうちょっと分解すると、
  • 憲法全体の権威が人民(We the People)に由来することを前提としつつ、
  • 憲法起草者の関心は新たな連邦政府が少数者に牛耳られ多数派たる人民に対する専制とならないようにすることにあったのであり、その理は修正条項においても同様であり、
  • 具体的には州ないしそれより下の“共同体”の自律性を維持・確保するためのシステムの実装(*1)として第1~第10修正を理解し、
  • そうした意味で第1~第10修正も(「権利章典」と言うよりは)「統治機構」にかかる規定である
と。

但し、"PART II RECONSTRUCTION"では、19世紀--特に、奴隷解放運動、南北戦争、再建期--を通じた、少数者/個人を守るための権利(章典)という、我々に馴染みの深い観念への転倒/転換が議論される。(→権利の擁護者としての連邦、編入理論へ)

populism(?)と「教育」

さて、Amar(の描写する建国の父祖ら)は、一方で憲法のpopular-ity(popular性)を--権威の源泉と実際の制度設計の双方において--強調しているが、他方で人民の「教育」ということに、あちらこちらで触れられる。

新しく設立される政体の、権威の源泉兼最終的安全弁として人民が措定される一方で、人民のナマの選好それ自体を重視しているとは必ずしも言えない。
そうした人民は「教育」されている必要がある。少なくとも、それが望ましい。
しかし「教育」の中身については必ずしもクリアではない(*2)

このことは、建国の父祖らのある種のジレンマを示す。
国王は放逐され、貴族制度は否定された。最早そうした権威に依拠することはできない。
他方、独立戦争と邦時代の各邦政治の実践の経験は、衆愚の危険を示すものでもあった。

これは特に"uneducated"な人々の選好をカウントすべきか、という形で現実的な問題となる。

この点の、建国の父祖らの構想の解釈の可能性はいくつかある。
  • 新憲法におけるpopular-ityへの訴求は、いわば理論的・理念的なものであって、実際にそうであるかは重要ではない(*3)。しかしこれは、「教育」の強調とは平仄が合わない。
  • 建国の父祖らは自らのfellow citizenについてはeductedな人々だと思っていた。しかし、次世代以降については必ずしもそうは言えないから、「教育」によって担保する必要があった。しかしこれは、邦時代の衆愚政治の警戒という契機を含む連邦憲法の作りとは平仄が合わない。
  • 権威の源泉としても実際の権力の運用においても人民に依拠せざるを得ないことを前提に、せめてその帰結をマシなものにしていくことを期待して、人民を「教育」していく。それ以外のあらゆる政体を除くと最悪なものとしての民主主義、か。

教育の場

さて、「教育」というと我々はまず「学校」を思い浮かべるわけだが、建国の父祖らにとっては必ずしもそうではない(*4)
むしろその機能を期待され、また「権利章典」においても制度として確保されたのは、教会、民兵、陪審であった。
教会 民兵 陪審


「普通の市民の間に道徳的行動を促進し、共同体の価値を授けるという、18世紀の州教会と極めてよく似た機能を、20世紀の公教育は担うよう設計されている。」(44頁)(*5)

民兵はコミュニティに即して組織され、すなわち家族、親戚、友人、クラスメート、近隣の住民、同じ教区員らとともに任務に就き、地元の名士に指揮される。民兵の訓練は、親族会(family reunion)や地域のイベントにも似た、social(社交的)な側面を持つ。(*6)

陪審の教育的機能については、トクヴィルの分析が広く知られており、改めて触れるまでもないだろう(*7)
【ここら辺から大風呂敷/大ボラ/妄想が始まります。眉にツバの用意を!】
さて、現代における「教育」の主たる場は学校である。20世紀の学校と18世紀の教会との対応関係は前述の通り。
他方、近代型学校教育が軍隊に範をとることは、フーコー以来の歴史学/社会学/教育学においては常識に属するであろう(*8)。そして、軍隊と民兵との対抗関係については先のエントリで触れた。
つまり、
α 教会 民兵 陪審
β 学校 軍隊


こうした学校=軍隊で涵養される“近代人”的ハビトゥスが、工場労働に従事する労働者の養成を意味していたことも一般的な了解であろう。
さらに、フォーディズムに代表されるように、工場労働者は大衆消費社会における消費者でもある。
α 教会 民兵 陪審 A B
β 学校 軍隊 C 工場労働 大衆型消費


さて、このαから析出されるのは、政治的権威の源泉であり、政治的権力の担い手であり、法的権利の主体である--と擬制される--「個人」である。「政治学的・法的『個人』」とも呼べるし、ここは敢えて「法学部的『個人』」と呼んでしまおう。
他方、βから析出されるのは、学校/軍隊/工場/市場といったそれぞれの空間で、生徒/兵士/労働者/消費者として、実際に行動し、ある振る舞いをする--あるいは、ある振る舞いをしてしまう/してしまわざるを得ない/してしまわざるを得なくなっている--「個人」である。「社会学的『個人』」、あるいは「文学部的『個人』」と呼ぶ。(*9)


このように(強引に)モデル化してみて、まずはこの表の空欄を埋めてみる。
その前提として、βのキーワードを抽出してみると、個別化/アトム化、規格化、規律/自律/自己責任と操作の対象化/受動性(←一方性)との同居、といった辺りであろうか(*10)
αのキーワードをこれと対照的なものとして抽出してみれば、共同体と連帯--但し、前近代におけるような階級秩序及びそこから弾き出されたら生存できなくなるようなものではなく、自律した個人の対等な友愛関係に基づくそれ--、個性/固有性、能動性/主体性、といった辺りか。

その上で空欄を埋めてみる
  1. →前期近代における主要な生産活動…自営農業、家内制手工業辺りか?(*11)
  2. →前期近代における消費…!? サロン型社交とか?
  3. 難しい…アトム化、規格化、一方的対象化/受動といった特徴を持つ、政治参加…マスコミを利用した大衆動員型イメージ選挙か(笑)
α 教会 民兵 陪審 自営農業
家内制手工業(?)
サロン型社交(?)
β 学校 軍隊 大衆動員型選挙(!?) 工場労働 大衆型消費


さて、αをもたらしたのはもちろん市民革命である。
βをもたらしたのは産業革命である。
さらに、前者が先行し、前者と後者の間には50年~1世紀程の時間的懸隔がある。
  • イギリスやアメリカは、市民革命も産業革命もきっちり経験した(*12)。いずれもアングロ・サクソンだけれども偶々だろう(*13)。αの基礎があるから、βがうまくいかなくなってもαに立ち戻って修正する復元力がある!?
  • ドイツや日本は、産業革命はきっちりかっちりやったが、市民革命はやっていない。まぁ、3月革命やら明治維新やら自由民権運動やら大正デモクラシーやらドイツ革命とヴァイマール共和国やら市民革命の真似事ぐらいならやったような気もするが、いかにもいかにも中途半端だし。
  • ましてや(旧)社会主義国や現在の途上国は、市民革命はスルーで産業革命をやっている。
  • 逆にフランスは、市民革命はきっちりやったが産業革命はやっていない気がする。とか言うと叱られるか。フーコーはフランス人なんだし。でも産業革命が中途半端だった、くらいなら言っても構わない気がする。
  • 南米も、市民革命(独立運動)はきっちりやったけれども産業革命をきっちりやらなかった(ので今やっている)口かな。

…などと、Amarと全然関係ないところまで妄想してみる。
ヴェーバーやアーレントと照らし合わせればもっとちゃんと議論できるかも知れないけれども。
というか、昔に読んだ(まま忘れてしまっている)ものの(カンチガイを含めた)無意識的反芻、なのではないかという気も(汗)

【2008年5月6日 23:50追記】
阪口先生の本を読み返していて、トクヴィル=アメリカ型モデルvsルソー=ジャコバン型モデルの対抗の記述にぶち当たる。あ゛ー、すっかり忘れいていたー(爆) アメリカしか見ていないとこういうことになる(汗)

【関連】

【書評】大屋雄裕『自由とは何か』 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する

【More・・・】

*1 いわば制度的保障か。そういう言葉遣いはしていないが。
*2 但し、人民の「権利と義務」を教えるのだ、との記述あり(133頁)
*3 例えば社会契約説が実際に社会契約が締結されたかを気にしないように。
*4 ジェファソンらがヴァージニア大学に深く関与していた等の重大な留保は必要であるが。
*5 同時代の日本の庶民教育が「寺」小屋で行われていたことを考えればそんなようなものか…ちょっと違うか。
*6 そういえば、日本において初等・中等の公教育が普及していくに際しては、運動会が地域のイベントとしての意義を持った、と何かで読んだ気が。
*7 逆にそういう観点からすると、普段「国民」を強調する人々が「国民の負担」や「能力」を主張して裁判員制度を批判・反対するのは、ちょっと理解できないのである。(自分も裁判員制度に諸手を挙げて賛成ではないが、反対する理由もあまりない、といった按配。)
*8 その手のものを読むと「みんな同じ事が書いてある」という印象を持つのだが、自分が初めの頃に(=学部生の頃、彼の授業を聴いたので)読んで印象的だったということで、差し当たり、桜井哲夫『「近代」の意味--制度としての学校・工場』(日本放送出版協会/NHKブックス、1984年、ISBN=9784140014707)。
*9 以前採り上げた大屋氏の著書では、両者の位相の差があまり明確に取り扱われていなかったように思われる。
*10 こうした要素から、マルキシズムの言う疎外も出てくる。
*11 なお、アメリカのコンテクストでは、奴隷制の要素を含むプランテーション農業もあること、同時にプランテーション経営はグローバルな経済活動でもあったことが留意される。
*12 小さい頃にかかるはしかみたいなものですわな。
*13 アングロ・サクソン系で両方を経験していない国もあるし。
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