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2009.04.29 (Wed)

GWの仕事?

先月から入居した新しいアパートは以前(=出発前)より広くて、というか一人には広過ぎてボーゼンとしていたのだが;
ぼちぼち、部屋を整理して家具をちゃんと配置しようと、掃除を始めた。
200904290946001.jpg 200904291020000.jpg
まぁ家具らしい家具は奥のベッドとテーブルくらいしかまだないのだが(*1)
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11:13  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.04.23 (Thu)

Hurry Up!

通勤の地下鉄で今日、化粧品の広告キャンペーンをやっていた。
たまたま読むものを持っていなかったので、広告を眺めていた。

「ハリアップ成分配合」というのが「Hurry Up成分」に見えて仕方なかった。
…どんな成分だ?肌の老化を急がせる成分なら逆効果だが。
21:35  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2009.04.19 (Sun)

反逆のるる~ぶる

某学会の打ち合わせで昨日上京。
一昨日の夜から風邪(?)気味で頭が重かったので今日は実家で静養していようかと思ったのだが、起きてみたら風邪薬&栄養ドリンクが効いたのか楽になっていたので、国立西洋美術館でやっているルーヴル美術館展を観に行く。

企画意図としてはルーヴル美術館所蔵の17世紀=1600年代ヨーロッパ絵画を通じて、この時代・地域の特性を多角的に示す、という趣向の模様。
絶対王政の確立と市民階級の勃興と貴族制のpersisitenceと動揺、大航海時代・植民地主義の開始、宗教改革・対抗宗教改革と科学的精神、総じて「近代」の始まり、ということで、最近この時代がつながってくるようになってきた(*1)のだが、そういう枠組に展示の絵画がはまってくる感じがしたのが面白かった。
もっとも、(現代まで残るような)美術作品を作らせしめたことができた時点で、それらの(当時における)主要な観客はとんでもない特権階級であったはずなんだけど。

主題を聖書やギリシャ・ローマ神話から採っているものが目立ち、まぁ後期ルネサンスの時期なのだから当たり前と言えば当たり前なのだけれども;
それではアーサー王伝説だとか、ゲルマン・北欧的主題はあまり採り上げられないのだろう、という疑問が生じた。オペラなどならば(時代は下るが)ヴァーグナー等、ゲルマン・北欧的ルーツに取材する作品はあるし、この時代でもミンネジンガー等を通じてそうした物語は普及していたはず。「異教だから」というのはギリシャ・ローマ神話を取材する例が顕著な以上、理由にならないはずだし(*2)、アーサー王物語などはキリスト教浸透の物語でもある。
美術における南・ラテン志向。
詳しい人なら常識の範囲に属する事項なのかも知れないけれども。勉強すべき事項。

当時も、現代西洋の(少なくとも、教養ある)人々も、主題になっている聖書やギリシャ・ローマ神話のエピソードは頭に入っているのだろうし、従って画面に書き込まれている大小のネタ群を解読することもできるのだろうけれども、あいにく自分は中途半端にしか分かっていないので、ある程度までは各作品を“読める”のだけれども、きちんと読めている自信はない。
それでも、《アンドロメダを救うペルセウス》の前で、若いカップルが「こっちの女の人がペルセウスだと思っていた」と喋っていたのには「ありえねー」と思った。
ギリシャ神話でも有名なエピソードだし、星座にもなっているからそっち系統の解説でよく出てくる話だと思うのだが。
21:37  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

2009.04.14 (Tue)

最高裁裁判官講演2題

Ginsburg Shares Views on Influence of Foreign Law on Her Court, and Vice Versa - NYTimes.com
By ADAM LIPTAK
Published: April 11, 2009
http://www.nytimes.com/2009/04/12/us/12ginsburg.html?emc=eta1
Ginsburgがオハイオ州立大のLSで講演したよー、と。

"I frankly don't understand all the brouhaha lately from Congress and even from some of my colleagues about referring to foreign law," Justice Ginsburg said in her comments on Friday.
このネタは以前より追いかけているが、決着がつかないままgdgdになりつつある気もしないではない(汗)
ただ、まとめなくてはいけないまで間がないのに、検討すべき資料が増えてしまうのは困る(笑)
…おお、ポッドキャストがある。すごい世の中になったもんだ(しみじみ)

"Why shouldn't we look to the wisdom of a judge from abroad with at least as much ease as we would read a law review article written by a professor?" she asked.
この対比/比喩は分かり易い。

She added that the failure to engage foreign decisions had resulted in diminished influence for the United States Supreme Court.
これはそう思っていたが、中の人に言ってもらえると典拠を示すときに便利だ。
Sidebar - Reticent Justice Opens Up to a Group of Students - NYTimes.com
By ADAM LIPTAK
Published: April 13, 2009
http://www.nytimes.com/2009/04/14/us/14bar.html?emc=eta1
Thomasが高校生相手に講演したよー、と。

Justice Thomas did not embrace the document, and he proposed a couple of alternatives.
"Today there is much focus on our rights," Justice Thomas said. "Indeed, I think there is a proliferation of rights."
"I am often surprised by the virtual nobility that seems to be accorded those with grievances," he said. "Shouldn't there at least be equal time for our Bill of Obligations and our Bill of Responsibilities?"
「権利ばかりでけしからん。憲法を改正して国民の義務を明記すべきだ」などと、どっかのオサーンみたいなことをwww(*1)

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

19:56  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2009.04.11 (Sat)

タバコ訴訟の未来

先のエントリで懲罰的賠償に関連して言及したWilliams判決は、タバコ訴訟でもある。
おそらくそのせいだろう、アメリカの判決にもかかわらず、Williams判決が出た時、NHKがニュースで報じていた。当時、目覚まし替わりにTVをタイマーで起動するように設定してあったのだが、ベッドの中でこのニュースを聞いて、「そこまで言うかー」と--懲罰的賠償を制限する方向の判決が出るだろうとは予想していたのだが--一気に眠気が覚めたものである。


現在、各地で継続中のタバコ訴訟は、第3波として整理されることが多いかと思う。
第1波はタバコ自体の危険性について、製造物責任、過失不法行為(negligence)といった訴訟原因に基づいて訴えようとしたものだが、原告側はほとんど勝てていない。
第2波は、州が原告となって、タバコによる州民への健康被害により健康保険等への財政的圧力がかかっているとするものだった。実質的に州側勝利の和解で決着が付いている。
このプロセスで、タバコの依存性や健康への悪影響について、タバコ会社(の経営陣)が知悉していたことがディスカヴァリ等によって明るみに出た。第3波訴訟はこれを受けたもので、にもかかわらずそれを隠し、あまつさえ健康によいというイメージの広告・ブランド戦略が執られたことを槍玉に挙げるのが基本形である。特に"light" "mild"といった表現が問題になることが多い。訴訟原因としては、(過失不法行為に加え)詐欺や不実表示といったコモン・ロー上のものであったり、あるいは取引の際の情報提供に関するより特定的な州制定法であったり、その組み合わせであったりする(*1)


ところでタバコのパッケージついては連邦規制がかかっている。
そうすると、そうした規制に従っている限り、パッケージの文言を問題とする州法上の訴訟は認められないんじゃね?という、当ブログでも何度か言及している論点が浮上する。
Altria Group, Inc. v. Good, 129 S. Ct. 538 (2008)
available at http://www.supremecourtus.gov/opinions/08pdf/07-562.pdf
昨年12月のこの判決は、こうした論点について取り扱い、結論として訴訟の維持を認めた。(*2)

のだが、自分的に気になったのは、専占に関する同判決の分析それ自体よりも、訴訟自体のあり方。
地裁の・専占肯定=被告勝訴のサマリ・ジャッジメントを引っ繰り返した(控訴裁判所の判断を維持した)(*3)判決なので、原告の請求本体については差し戻されてこれから、ということになる。

ところで第3波タバコ訴訟の訴訟形態としては、喫煙者が個人で原告となる類型もあるし、クラス・アクションになる場合もある。
Good判決はクラス・アクション。これに対してWilliams判決は喫煙者個人原告類型に近い。(厳密には違う(*4)。)

さて、Williams判決は先のエントリで触れた通り、原告以外の者について生じた被害を懲罰的賠償を課す基礎としてはならない、としたわけだが、そのリーズニングにはこの事件の訴訟原因が詐欺であったことが関連している。訴訟原因としての詐欺の構成要素には、表示の相手方が虚偽の表示をどう認識していたかという主観的要素がある。ところで原告本人はともかく、原告以外の者は裁判に現れていない以上、彼らの主観的認識について争う機会を被告は与えられていない。これはデュー・プロセス上、けしからんという論理である。
Williams判決のholdingを広く読むか狭く読むかも問題だが、狭く読むとしても、原告(≒被害者)の主観的認識が構成要件となっている訴訟原因には当てはまるというべきだろう。
ところで、クラス・アクションはどうか。クラス・アクションにおいても、クラス代表者以外の者については訴訟に直接には現れておらず、被告にその主観的認識を争う機会はない。
従って、Williams判決のロジックを延長すれば、こうしたクラス・アクションはデュー・プロセス上、認め難いことになる。
他方、もし個々のクラス構成員の主観的認識を争う機会を与えるとすれば、最早クラス・アクションとは言い難い。

このように、詐欺等、被害者の主観的認識を構成要件要素に含む訴訟原因に基づいている第3波タバコ訴訟のクラス・アクションの先行きは、明るいとは言えない。

【関連】

あっけない結末 - アメリカ法観察ノート
医療器具とFDA規制 - アメリカ法観察ノート
不法行為改革の到達点とロビイング - アメリカ法観察ノート
規制を求める業界 - アメリカ法観察ノート

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

18:30  |  アメリカ法  |  TB(22)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.04.04 (Sat)

あっけない結末

1996年のGore判決(*1)を軸とする、ここ20年ほどの合衆国最高裁の判例法は、連邦憲法第14修正のデュー・プロセス条項を使って懲罰的賠償を制限する方向で、明確な方向性を示している。
2007年2月のPhilip Morris v. Williams判決(*2)は、ある面、懲罰的賠償に対する憲法的規制の延長という一連の判例法の延長である一方で、従来の判例法が懲罰的賠償の「額」という量的な側面に焦点を合わせてきたのに対し、懲罰的賠償の基礎の限定--州は、原告以外の者について生じた被害を根拠として懲罰的賠償を課してはならない--という「質」的規制に踏み込んだ点で、一連の判例法とは異なった側面を有する。

ところで伝統的に不法行為法は州法の領域であったわけで、こうした形で連邦(最高)裁判所が連邦憲法を通じて規制を加えるというのは、州の側から見れば州の領域への干渉・侵害ということになる。
そうであるとすれば、州(の司法部)は、かかる連邦最高裁の介入に対し、その射程を縮減しようという方向に動くのももっともだ、ということになる。
例えば、Gore判決を受けてこれを延長・強化する形で懲罰的賠償に対する数字的限定(*3)を導入したCampbell判決(*4)に対し、差し戻しを受けたユタ州最高裁は(連邦最高裁の判示はより低い額を示唆していたにもかかわらず)上限ギリギリの懲罰的賠償を認めた。

Williams事件でも州は同様の抵抗を見せた。
差戻審であるオレゴン州最高裁は、かなり牽強付会と思われる手続上の理由を持ち出して、自らの元々の判断--連邦最高裁が問題視した判断--を維持した(*5)
無論、被告側がこれを放置するわけがないのであって、連邦最高裁に裁量上訴を申し立て、認められた。
3月31日、これについての判断が出された。
Philip Morris USA Inc. v. Williams, 2009 U.S. LEXIS 2493 (U.S. No. 07-1216, Mar. 31, 2009),
available at http://www.supremecourtus.gov/opinions/08pdf/07-1216.pdf.
"The writ of certiorari is dismissed as improvidently granted."
はいぃ?裁量上訴撤回ですか。オレゴン州最高裁の判断はお咎めなしですか。

最高裁判決を実質無視のオレゴン州裁判所の判断には流石の最高裁もお怒りか、と上訴を採った時には思ったのだが、結論はスルー。連邦制下の裁判所システムとしていいんだろうか?
もしかすると、懲罰的賠償法理の連邦最高裁での取扱について、Williams判決は行き過ぎじゃね、と裁判官の間で同様が生じた、とか読み込むのは適切ではなかろうが。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

17:12  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.04.03 (Fri)

アナログな職場

職場のつまらぬペーパーワークに時間を取られる。
新居への住所変更をする必要があったのだが、書式中、新住所のフリガナの項で何度も間違え、その度にstart over。結局数十分がそんな作業に費やされ、最後はぶち切れそうになる。
こんな日は何をやってもダメなのでもう帰る。

え゛、細かい所に注意が行き届いていないオマエが悪い?イマドキ、郵便番号さえ分かればデータベースを参照して自ずと埋まるような事項に注意を振り分けたくない。
19:53  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
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