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2009.03.01 (Sun)

第1修正の重畳的要請

"Summum"なるキリスト教系新興宗教団体(?)が、ユタ州のとある(田舎?)町の公園に自分たちの教義のモットーのモニュメントを建てさせろ、と言ったら市政府に断れたので、第1修正・言論の自由違反を主張して訴えた事例。
Pleasant Grove City v. Summum, 2009 U.S. LEXIS 1636 (No. 07-665, Feb. 25, 2009)
available at http://www.supremecourtus.gov/opinions/08pdf/07-665.pdf
直観的には「そんな無茶な」という話なのでAlito執筆の法廷意見に8名同調、もう一人のSouterも結論同意で実質9(8+1):0の結論自体は首肯できるのだが(*1)
「そんなん、全部受け容れていたら公園がパンクするやん」という、法廷意見では最後のほうに触れられているプラグマティックな配慮が実際には一番利いていると思うのだが;
法律論としては、「政府の言論」か「パブリック・フォーラム」かという問題の建てられ方がして、「公園のモニュメントは政府の言論。故に第1修正の保護はなし。終わり。」という議論は、Stevens同意意見も注記するように些か乱暴な気もしないではない。事案の処理としては、実際上の考慮もあってこの結論でいいのだろうが、理論のほうではパンドラの箱を開けてしまったのではないかという印象もある。

また、Alito法廷意見は、メッセージの多義性・可変性も指摘するのだが、その前の「公園のモニュメントは政府の言論」という性質決定と一貫するであろうか。内容が不確定な“表現”を「言論」と呼ぶのは背理では?(*2)

この宗教団体がこの公園にモニュメントを建てることに拘ったのは、「十戒」のモニュメントが既に建っていたため。彼らは「十戒」を、教義上、ニセ、とまではいかなくともミスリーディングな教えだと考える。
従来のこの種の事案の典型だと--しばしば原告は無神論者であるわけだが--、このモニュメントは国教禁止違反だ、除けろ、という話になるわけだが、本件宗教団体はそうしなかった。それはダメだ、真の教えを掲げさせよ、と。
そうした意味で、本件は形式的には第1修正は第1修正でも、国教禁止条項ではなく言論の自由条項の問題として定式化されたが、同時に--Scalia同意意見の指摘するように--国教禁止条項の「影」の下で審理された。
そもそも従来、(宗教的インプリケーションを持つ)展示やモニュメントの合憲性が国教禁止条項の問題として定式化されていたこと自体、かかる展示やモニュメントが政府の行為であったことを前提としており、本件はその前提を前景化した(だけ)とも言える。
他方、じゃあ本件でそこにある「十戒」のモニュメントはどうよ、となった場合、本件でそこにあるそれ、はセーフであろう--当該モニュメントは、2005年のVan Orden判決(*3)で合憲とされたものとほぼ同じである;同一の団体が、同一の(世俗的な、と認定された)目的を以て全米的に設置キャンペーンを行っていたものの、結果である。
ただこのことは、これから新たに「十戒」のモニュメントを建造しようとする--一方でSummumの"Seven Aphorisms"のモニュメントを拒絶する--とすれば、同様には言い得ない、という点にも、留意されるべきだろう。その点で、Souter結論同意意見の慎重さが適切であるように思われる(*4)

関連して気になるのが、Van Orden判決に対しては言及があるのだが、これと同日に下された「十戒」の展示についての違憲判断であるMcCreary County判決(*5)に対する言及がないことである。両者は併せ読まないと、(「十戒」の)展示に関する判例の射程の範囲は分からない。

【関連】

米国型違憲審査制についての覚え書き - アメリカ法観察ノート
無神論者 - アメリカ法観察ノート
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テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

16:56  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.03.01 (Sun)

浦島ヲ太郎

うぁ、もう3月じゃん。

当時コミットしていたマンガ作品が、10年前の長期在外の際にアニメ化された。
あまりに評判が悪かったので(*1)、帰国してからも観なかった。
自分的には文字通りの意味で「なかったこと」になっている。


自分はファースト以来の由緒正しいガンダム者なわけであるが;
「OO」評判悪いねw
帰ってからも観るだろうか?(笑)
それで、結局、ガンダムダブルオーはどんな話なんですか?
http://anond.hatelabo.jp/20090216181131
「正義」への欲望が「匿名の正論」を暴走させる:日経ビジネスオンライン
水島精二監督「機動戦士ガンダム00」(1)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20081219/180838/
こちらのほうもちょっと。全6回のインタビュー中、最初の2回を批判に対する反論にもなっていないくさしに宛てるのはどうよ。作家なら作品について「こういう意図で制作していたんですけど、メッセージは伝わらなかったかな?」と言うべきところでしょ。
連載後半に開陳される所見も申し訳ないが陳腐と評さざるを得ない。要は「腹を割って話し合えば分かる」ということなのだが、腹を割って話し合っても分からなかったらどうすんのよ?むしろ腹を割って話し合ったら手の付けようがないドロドロが流れ出てくるだけかも知れんよ?(*2)

直前の連載が、自分が信用しているアニメ作家の谷口悟朗氏(*3)なのが対比的に何とも。彼は「社会」を描ける。


自分の頭の中ではマンガ「蟲師(*4)と「もっけ」とが同じカテゴリに分類されているのだが--ほぼ同時期に始まった、『アフタヌーン』(系列)連載の作品で、説明の仕方は異なるものの通常の近くを超えた存在とそれとの謙虚な付き合いをモチーフとする--
で、どちらもアニメ化は難しいよねーと思っていたのだが;
しかし「蟲師」のアニメがとてもよい出来だったので、これはひょっとしたら「もっけ」も行けるかも、(でも「蟲師」アニメほどのリソース投入は難しいだろうし…)と思っていたのだが、後者はさっぱり評判を聞かない(笑) これはどのように受け取ったものか。

テーマ : 機動戦士ガンダムOO - ジャンル : アニメ・コミック

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