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2009.01.04 (Sun)

ソフトウェア特許の再生!?

特許、ソフトも保護対象に 大幅な法改正、特許庁検討 ビジネス-最新ニュース:IT-PLUS
「特許庁は特許法の大幅見直しに向けた検討に入る。「モノ」が対象だった特許の保護対象にソフトウエアなどの無形資産を追加。」
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=AS3S26044%2004012009&landing=Next
あーれーれーー??
ビジネス方法特許の終焉!? - アメリカ法観察ノート
「それと、ビジネス方法特許だけでなく、「ソフトウェア」についても言及されているのが気になる。ソフトウェアも(それだけでは)原則特許法の保護はなくなる、ってこと!?」
http://izw134.blog74.fc2.com/blog-entry-290.html
…まぁでも著作権の50年(オーバー)よりマシ!?

というかそれ以前に、「これから検討」っていうのだから特許庁の事務方が出してきた情報なわけだろうし、観測気球と受け取るのが正しいかな。「私的研究会」の先生方には外国の特許法の動向に詳しい先生も入るのだろうし。
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19:50  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2009.01.04 (Sun)

「権利は義務を伴う」

以前書きかけてそのままになっていたエントリ。
リライトして別エントリの一部/枕にしようとしたのだが、長くなったので整備して独立したエントリとして上げておく。

権利と義務は本当にワンセット? - 発声練習
「権利と義務はワンセットだとするならば、我々が生来有しているとされる生存権に対応する義務は何だろう?」
http://d.hatena.ne.jp/next49/20080205/p1
「権利は義務を伴う」という法格言(?)(*1)だが、法律を専門的に勉強したことのない人は
アクターXはAという権利を持っている。故にXはBという義務も負うべきである。
というイメージで理解していることが多いと思う。
よく(右方面の)改憲論者が「現行憲法には国民の権利しか書いていなくてけしからん。国民の義務も明記すべきだ」などというのもこの類の理解を前提にしていると思われる。(*2)

この観念を、規範的要請として持つこと自体は別に否定しない。
(法)人類学的知見に従えば、互恵性reciprocityは多くの社会で見出される規範観念である。
そうした観念をincorporateしていない社会規範(法を含む)は、一般に受け容れられ難いだろうし、故に安定し難いだろう。(*3)

しかしこれは、法にどのような価値を盛り込むか、という話であって、法(学)内在的に出てくる話では、ない。
「権利は義務を伴う」とは、法(学)内在的には、
アクターXが権利Aを有するとは、アクターYが義務Bを負うことをいう。Yが義務Bを履行することにより、Xの権利Aは実現される。
ということを意味する。別にXが権利Aに見合った義務を負担している必要はない。
つまり、権利Aと義務Bとは別物ではなく、ある一つの事態をどちらの側から眺めるかということによる見え方の差に過ぎない。一つ具体例を出せば、民法709条は
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う
と、条文の字面は加害者の義務を書いているわけだが、この条文は通常、不法行為被害者の損害賠償請求を規定するものと理解される。

ここでのポイントは、義務者Yの存在である。つまりXの持つ権利Aだけを言挙げしても虚しいのであって、権利Aを実現するための義務者は誰か、ということを念頭に置かなければ意味がない(*4)
そしてこのことは、権利=法が実現される場・空間である訴訟/法廷の構造に由来する。すなわち、自らの権利を主張する者=原告は、誰に対して主張するのか、相手方=被告を特定しなければ、そもそも訴訟/法廷自体が成立しない。(*5)
19:36  |  アメリカ法  |  TB(2)  |  EDIT  |  Top↑

2009.01.04 (Sun)

ケンタッキーの十戒夫妻

Lawmaker in Kentucky Mixes Piety and Politics - NYTimes.com
By IAN URBINA
Published: January 3, 2009
"Tom Riner looks for God everywhere, and in places he does not find him, he tries to put him there...
[T]his unrelenting mission has also frequently taken Mr. Riner and the Kentucky legislature, where he has been a Democratic representative for 26 years, across the constitutional barrier between church and state." http://www.nytimes.com/2009/01/04/us/04louisville.html?emc=eta1
ケンタッキー州の、州政府関連庁舎で十戒その他キリスト教関連のディスプレイを掲げる立法を続ける、州議会議員の話。

「アメリカ社会」という話になるとどうしても宗教、特にキリスト教の問題にはぶち当たる。
ので数年前に政教分離の話を勉強し始めて見たが、半歩踏み込んだところであまりに大変そうだというので逃げ帰ってきた。

そうか、この人物が震源地だったのか。以前に十戒の展示関連の紛争について調べた際にはそこまで調査しなかった。
記事中でも言及されている十戒の展示の事件はこれ:
McCreary County, Ky. v. ACLU of Ky., 545 U.S. 844, 125 S. Ct. 2722 (2005).
十戒関連初の先例とされるのが
Stone v. Graham, 449 U.S. 39, 101 S. Ct. 192 (1980).
だが、そうか、この事件も彼の奥さんが関与していたのか。。。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

15:34  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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