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2008.10.03 (Fri)

アメリカ比較法学会年次総会

アメリカ比較法学会American Society of Comparative Law; ASCL年次総会がU.C. Hastingsであったからだ。


というか、U.C. Hastingsってサンフランシスコにあったんね。今回初めて知ったよ(汗)
同じU.C.システムのバークレーがすぐ近くにあるのに。というか、U.C.S.F.なんてのもあるんだけど。もっと言えばUniv. of San Fransiscoというのもあるな。スタンフォードもすぐ近くだし、結構な大学の密集地域だな。
サンフランシスコの通り SF・Civic Centerの出店
宿からU.C. Hastingsに行く途中にCivic Centerがあって週末なので出店が出ていた。
シモン・ボリーバルの像 U.C. Hastings
Civic Centerにはシモン・ボリーバルの像があった U.C. Hastings
【2008/10/25】写真追加

アメリカからの世界の見え方

"The West and the Rest"とタイトルだけでまぁ何かcontroversialなわけだがw "the Rest"ってどこよ、とどちらに入るか分からないニホンジンは思うわけです。明らかに"the West"ではないわけだが、"the Rest"と一括りにされるのも違う気が。

しかし"the West"も一括りにはできんだろ、という話も出てきた。
"the Rest"から見ても、"West"の中の差は見えてるよ、と。


他方、"the Rest"との関係で、そうした地域を研究しているアメリカ人研究者、そうした地域からやって来て比較研究をしている外国人研究者がパネルに上がっていた(*1)わけだが;
研究対象はざっと数えただけで、旧ソ連(ウクライナ)、エジプト・パレスチナ・イラク・イスラム法、南米、アフリカ(ニジェール)、中国に日本と、多岐に亘る。

日本は比較法研究が盛んだとされているけれども、実際の所はシステマティックに研究されているのは伝統的には仏・独・英米(*2)(*3)、あと最近になって東アジアとEUというくらいで、実は研究対象が偏っている。一応は、法継受の経緯、あるいは文化的もしくは西洋列強との距離感の共通性といった辺りで説明できるが。
目の前に山が(いくつか)あって、その山はよく見えるが、その先の見通しがつきにくい、というイメージ(山の裏側も見ていない)(*4)。よく言えば構造化だが、悪く言えばバイアス。

アメリカは良くも悪くも比較法研究は(学界のメインストリームでは)ようやっと「ちゃんとやんないとまずいよね」という雰囲気であるが;
〈外部〉を見ようとする場合(*5)、フラットに見える。(国際ニュースのカバレッジなどを見ていても、)山の頂上に立って、ぐるりを見渡す感覚がある。ヨーロッパについては若干手厚い(*6)印象があるが、それ以外は並列的な感じ。
よく言えば平等に見る、悪く言えば見方が定まらない。→何とか見方を定めようとして、〈悪の枢軸〉とか言う話になってしまう。(→「〈外部〉を見たって何だか分からないじゃないか」と孤立主義の伝統へ戻る。!?)

(法の)「進化」

話が逸れたがASCL年次総会での話題に戻ると、経済発展と法の“進化”について、一元論的/集束論的な見方に異論が出されていたし、そのこと自体は(会場では)共有されていたように思う。
「(会場では)」という留保がポイントで、アメリカで比較法、特にヨーロッパ以外を見ている人というのは、現在の大御所は60年代の"Law and Development"運動(に挫折した)人が中心だし、それより若い世代もその影響下でキャリアをスタートしている。シンポの構成自体もリベラルというか左派寄りだったし(*7)
そういう空気の中では「経済・社会が発展していけば法も収斂するよ」論に警戒感が出てくるのももっとも。

しかし、これは「進化」概念をかなり特殊に--文系ではよくある使い方ではあるが--解釈しているのではないか。「進化」といったときに、ダーウィニズム的ダイナミズム--特に適者生存の側面--を想定し、特に共進化の概念も参照すると、「進化」の結果として、複数の「法」が環境適応的なものとして残っていく一方、やはり廃れていく法もあるであろう。「多様性」は現存する/した法(*8)全てが生き残ることは要請する必要はないし、収斂の裏でもない。「進化」と「多様性」とは両立し得る。


他にも、「比較法の一番の効用は答えを求めることよりも(アタリマエだと思っていることに対する)問いを提供することじゃね」とか、「“誰”が比較法をやるのか(*9)」とかいうことも思い浮かんだのだが、省略。

【関連】

AALS年次総会・その2・米国ロースクールの国際化 - アメリカ法観察ノート
War on Terror? - アメリカ法観察ノート
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テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

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