ライセンスとガイドラインとニコニ・コモンズ2008-07-07 Mon 01:12
ニコニ・コモンズとクリエイティブコモンズ・ライセンスの誤解について瑣末な点ながら指摘する - 半可思惟 あいまいな日本のニコニ・コモンズ - 雑種路線でいこう重要な指摘。 現時点ではだが私見を付け加える準備も能力もない。他日のためのクリップ&論点の指摘のみ−−しかも実務的ではなく理論的な(*1)。 ・ソフト・ロー論との接合の、知的財産の分野における可能性。 ・CCライセンスは英米財産法における制限的約款(restrictive covenant)に範をとったものと思われるが、本当か。直接の出自を確認できないとしても、機能的には類似するのではないか。だとすればそれを参照した検討の可能性。 ・何故「契約」ではダメなのか。契約に「後日ライセンス条件を見直すかも」と書き込むのとどう違うのか。 【関連】ユーザとクリエータの間 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考するみくみくになるのかな - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する After Tasini - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する 失言 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する |
ID2008-07-07 Mon 00:53
ID = identification
〔名詞〕 身分証明書。 英語だと、ID = identification = (自己)同一性の表示、「お前が何者であるか」を問う、という、とても個人主義的な構成。 日本語は「『身分』証明書」、『身』の『分』の証明。社会全体のコンテクストが所与のものとしてあって、その何処に配置されるのか、という発想。 |
Photo ID2008-07-07 Mon 00:41
アメリカでは日常的にphoto ID(写真付き身分証明書)を求められる場面が多い。
よくあるのが、クレジットカードを使う際や、お酒を買う際。後者は未成年に飲酒させないための年齢確認のため。飛行機に乗る際、というのもある。 先日も選挙の投票の際にphoto IDを要求することが合憲とされたばかり。 しかも、state photo ID=政府の発行する写真付き身分証明書、であることが要求されることも多い。 一番ポピュラーなのは当然、運転免許証であるが、別にこれに限らない。他にはパスポートや銃の所持免許などもあり得る。 ここからが本題で、そういった、他に何かの「免許」や「許可」を取得していない/取得するつもりのない人でも、state photo IDがないと生活に困るわけである。 そこでどうするかというと、単なる証明のためだけの身分証明書を、多くの州(*1)が発行している。しばしば(*2)、運転免許と同じ運輸担当部局が管轄している。 何が言いたいかと言えば、日本政府もそういう「証明のためだけの身分証明書」を発行することも考えられるのでは、と。 まぁ原付の免許なんかは実技なしの学科のみで取れるから主婦の人とか身分証明書代わりに取る人もいると聞いたことが。あ゛、住基ネットのあれとかはそれを狙ったのかいな。 Kousyoublog | なぜ運転免許証=身分証明書の最たるものになったのか? さてそれではアメリカでは何故そう頻繁にphoto IDの提示を求められるのか、という問いはもちろん重要な問いとして立てることができる。 (きちんとリサーチしたことはないものの体感的には)どうも「(state) photo IDを持っている/提示することができる」=「“ちゃんとした人”and/or“一級市民”である」という観念というか感覚というかがあるのではないか、と思っているのだが。傍証として、911テロ後、航空機のセキュリティが上がった際に、その一環として搭乗の際の身分証明書の提示が求められるようになったことを指摘できる。 無論これを裏返すと、「そうではない」(とされて(しまって)いる)人が社会内に普通に存在している、ということでもあり、貧富の格差の問題や不法移民の問題へとつながっていくわけだが。 【関連】社会のID:[OL] - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する |
習得し難い言語2008-07-07 Mon 00:15
昔、特に意味もなく「語学をマスターしよう」を思い立って、しかし貧乏学生だったのでお金をかけることもできないかったから、差し当たりNHKラジオの語学講座を片っ端から聴くことにした。これなら一言語一ヶ月2百数十円のテキスト代のみ。
全講座制覇、は放送時間と録音機材の兼ね合いで無理だったが(*1)、とにかく片っ端から聴いてみた。 しかし取り立てての目的意識もなく聴いても身に付かないわけで、いずれも精々綴りの読み方(*2)を覚えたくらいだった。 大学で第二外国語だったドイツ語も使い物になっていないんだよなー しかし複数の言語を横に並べてみると見えてくるものもあって; 綴り→発音の対応がきっちりしていると、その法則性さえマスターすればテキストから音を再生できるようになる。そうすると早い段階からテキストさえあれば学習を進めることができるようになって、自学を促進する。 発音→綴りの対応がきっちりしていると、ブツブツ口で覚えたことが、そのまま書き言葉としても再生できるようになって、両者の協働に好ましい。 このことを感じたのがフランス語で、フランス語は黙字が多いので特に発音→綴りの対応が崩れ易い(読まれない子音字によって綴りが違ってくる)。他方、フランス語は主語の人称で動詞を活用する。にもかかわらず、綴りは違っても読まれない子音字のみしか異なっていない場合も多くて、活用表をブツブツ口に出しても綴りには復元されないので結局覚えなかった。 自分が取り組んだ中で綴りと発音の一対一対応がよくとれていたのがスペイン語。 この基準だと、英語はあまり習得し易い言語とは言い難い。綴り→発音の対応はまだマシだが、発音→綴りの対応はかなり悪い。 さて、この基準に照らすと、日本語は後天的学習者にとっては最悪に近い言語だと思う(汗) 発音をそのまま書き下せるだろう、って? 仮名だけならばその通り(*3)。しかし、漢字が厄介。 同音異義語を漢字の使い分けで区別している例は多い(発音→綴りの対応の崩れ)。 他方、一つの漢字の読みが音・訓、さらにそれぞれ複数あるのもザラ(綴り→発音の対応の崩れ)。 漢字圏出身の留学生が苦労しているのも見ているし、非漢字圏の西洋人だと日本語の会話は全くペラペラの人でも読み書きが覚束ない場合もままあって、それはそれなりに理解できる。 便利なんですけどね、漢字かな混じりの日本語システム(*4)。 ひらがな、カタカナ、漢字を使い分けられるのが日本語の強み - Zopeジャンキー日記 【関連】日本人の範囲・枕 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する |
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