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2008.06.16 (Mon)

68 = 911 or 226 ?

こうしてブログ・エントリを書き続けること自体が、テロリズムの完成を手伝っていることになるのかも知れないが;
先日のエントリコメントに対する回答を考えていて、自分が何故、ある種の焦燥感を感じているかが少しクリアになったので、もう一言書く。

秋葉原の事件を「オタクにとっての911」とする見方もあるが、自分はむしろこれを二・二六事件に比定しているのだ、ということに気付いた。
確かに攻撃対象という点では、ワールド・トレード・センターと秋葉原とは、経済活動の中心ないし象徴という点で共通点がある。二・二六事件のような政治の中枢ではなく。何故、そちらを狙わなかったのか、との旨のブロガー氏も多い。

しかし他方、経済・社会関係が不安定な中、政治の無策に閉塞感・無力感を強めているところに対するある種のブレイク・スルーと見る空気があるのではないか。
仮に実行犯がそのようなことを意識していなかったとしても、受け止める側に、そのような視角があるのではないか。
これは、二・二六事件で決起した青年将校たちの心情と共通するものではないのか。
また、911事件での攻撃者はアメリカの“外”から来たのに対し、秋葉原の事件では二・二六事件と同様に政治共同体の“内”から輩出されているという共通点もある。
(無論、グローバリゼーションが進行する中、単純に“内外”で区分することはできないという批判はあろうが、現在でも相対的な差異としてはこのように言っても誤りではあるまい。)
【2008/06/16 21:32追記】
そして自分は、それが怖い。
政治よりもテロルを優先してしまうことが。
確かに自分も、政局の現在には批判的ではある。
しかし、本件を二・二六事件に比定できるのならば--そして二・二六事件は挫折したことで逆説的に、軍国主義への方向性を確実にした。
“あの時”の教訓を生かすのならば、
あえて本件を「ただの粗暴犯」として淡々と処理し、
あえてロスジェネの労働・社会問題を本件から切り離す必要があるのではないのか。

自分も現在の政治を擁護するつもりはないが、
政治システム(a political system; a system of politics)を擁護する者として、そう考えるのである。(*1)
天漢日乗: 秋葉原通り魔殺傷事件(その9)「加藤の乱」就職氷河期世代の叛乱→追記あり
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/06/9_3d6c.html
「加藤の乱」を平成の血盟団事件にしないために - 雑種路線でいこう
「テロリストでさえない非モテ連続殺人犯をヒーローにしてはいけない。けれど彼の凶行を我田引水で意味付けて、安穏としている政権に喫緊の政策課題を突き付けるのはペンの力だ。それで世の中が動いたとして、それは彼の凶行のお陰ではない。」
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080615/pen

【関連】

事物の見え方 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
テロリズムの防ぎ方 - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
で、誰をひっぱたくのか - アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する
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テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

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