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2008.01.28 (Mon)

Fireside

KMartで買った室内履きがなかなか高性能である。
Fireside
高い保温性能を示していて、暖かい。問題は暖かすぎて体温が下がらないので、寝付きが悪くなることである(*1)

昨夜は身体があまりに暑すぎて眠れなかったので、ブランケットを肌蹴ていた。
そしたら朝起きたら咽喉が痛くて鼻も詰まっている。う゛ー、何なんだか。
先手必勝なので、今日は風邪薬を飲んでアパートで作業をしていた。
締切前になると体調を崩すのは参るなぁ。
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2008.01.23 (Wed)

フィラデルフィアでゴジラを観る

学部レベルの日本文化論の授業か何かで(?)「ゴジラ」を観るのだが、よろしければ他の方もどうぞというメールが関係者に回ってきた。
そのテのものをアメリカで観るのもオツなものであろうと、覗きにいっていみた。
ゴジラ DVD COLLECTION
  • 『ゴジラ』
  • 本多猪四郎(監督)
  • 1954年・日本

子どもの頃にテレビ放送で観たことがあると思うのだが、さっぱり記憶にない(観た気になっているだけで実は観ていないかも)
いずれにせよ、大人になってから観るのは初めてだし、そういう観点で観るといろいろと気付く。
演技やカメラワークや演出が今の基準だとスムーズじゃないなーとか(笑) まぁ、1954年作品、昭和に直すと29年で、既に50年以上前(*1)だから、仕方ないと言えば仕方ない。この50年間に映画も進化したということだろう。

最初に襲撃される漁村の様子が時代劇に出てくるの長屋のようだったのだが、昭和20年代の終わりにはこれがリアリティがあったのだろうかとか。
あるいは人々の動き方--行動原理と実際の一挙手一投足の両方--があまりプロフェッショナルっぽくないなーとか。(*2)
客船が襲撃されるシーンで、船上舞踏会に女性同士のペアが何の説明もなく描写されていて、当時はそれを何の違和感もなく受け容れていたのだとか。
尾形と恵美子は恋人同士という設定のようだが、せいぜい尾形が恵美子の肩に手を載せるくらいの描写どまりで、あ゛ー当時はこの位が限界だったんだなー(特に子どもも観る作品では)とか。

戦後10年経過していない時期ということで、戦争のモチーフも随所に見出さざるを得ない。
ゴジラが水爆実験からインスパイアされたというのは著名な話だが;
ゴジラの東京襲撃シーンは、原爆よりは空襲のモチーフのほうが強く出ていたような(*3)
芹沢博士(日本のマッドサイエンティストの祖)のラストは特攻隊のモチーフだよな、とか。
そのラストシーンで登場人物が悲しんで劇伴音楽もそういう曲なのに、重ねられてるナレーションが妙に高揚しているのは「大本営発表」への皮肉だよな、とか。
もっとも全体としてみれば、(戦後日本の正統である)被害者史観の枠に収まる。

字幕付きで観ていたわけだが、字幕の出来はあまり良くなかった。明らかに日本のことをあまり知らない人間が作っていた。「大田区」を"Osaku"はないだろう。

テーマ : 特撮・SF・ファンタジー映画 - ジャンル : 映画

23:06  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.23 (Wed)

契約のもと、命じる

契約のもと、命じる
案の定、冷え込む日々が続いたので、勘違い桜は満開になる前に朽ちてしまいました。「封印解除!」のためには本格的な春を待つ必要がありそうです。
22:49  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.21 (Mon)

大統領選挙:若者の政治参加

自分よりよく見ている人がいるだろうから大統領選挙についてはあまり書いてこなかったが;

こちらで肌感覚で感じるのは、オバマ人気あるなぁ、ということ。
イラクで外交の行き詰まりを見せていたところに、サブプライムで経済の行き詰まりのコンボで、変化/変革へのapetiteがあるし、その点しがらみのないオバマはうってつけの候補なのだろう。
日本であまり知られていない段階から目を付けていたIさんは見る目がある。
自分の見立てでは、人気に比して何をやりたいのかはっきりしない感じがして、JFKに重なって見える。

共和党側は、事前の下馬評では本命候補だったジュリアーニがグダグダなのがちょっと意外。(事情通ならそうとも思わないのか?)


本題。
若者の力が米国政治を変える (BusinessWeek):NBonline(日経ビジネス オンライン)
大統領選のキャスティング・ボートを握る
2008年1月21日 月曜日
Michelle Conlin (BusinessWeek誌、職業生活部エディター)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080118/144736/
この選挙に関連して、「ジェネレーションY」=アメリカの20代の若者の政治行動に関する記事。
「親世代が当たり前のように享受していたものは、Y世代が受け継ぐ経済からどんどん失われつつある。会社が提供する医療保険、手の届く住宅、社会保障、無理のない教育費、高収入の仕事などだ。
自尊心を持つように育てられ、デジタル時代の担い手としてもてはやされたこの世代は、自分たちを非常に重要な存在だと考えている。そして選出する政治家にも、自分たちの世代を尊重してほしいと思っているのである。」
「新世紀世代は、ダウ平均が上昇を続ける中で子供時代を過ごした。近年で最も輝かしい富の創造時代に成長し、大人たちが、まるで宴が永遠に続くがごとく資源を消費し、借金をどんどん増やすのを見てきた。そして、ハイテクバブルの崩壊、テロ、戦争、気候変動などの問題が次々と起きた。新世紀世代の眼前に大きく広がる先行き不安が、この世代の世界観を表している。」
ここらへんの状況は、日本において、80年代のバブル景気の後、90年代に氷河期世代が経験したものときれいに重なる。日本の場合、911と対テロ戦争がなかったとしても、阪神大震災やオウムがあった(*1)。ちょうど10年遅れで同じ状況になったということか。

もっとも、
「中産階級が締めつけられていることに気づくのに、経済学の学位は必要ない。この世代は、両親がやりくりに苦労するのを見て育った。今世紀初めの、企業スキャンダルで引き起こされた大量解雇時代も知っている。」
というあたりは日本の氷河期世代のほうがもう少し複雑ないしambivalentかも知れない。
親世代における、中産階級の「下流」化や(原語は別の意味であるはずの)「リストラ」を見ていたのは共通しているが、他方で「就職氷河期」の原因は団塊世代の(終身)雇用の維持のためであり、氷河期世代と団塊世代とは利害が対立していた/いる。しかし団塊世代とは氷河期世代の親でもあり、という再転倒がある。

しかし、10年違いで極めて類似する経験をしているにもかかわらず、Y世代と氷河期世代の世界観や行動様式にはかなり違いがあるように見える。
「この国には何でもある、ただ、『希望』だけがない。」と村上龍が書いたのが2000年。
他方、Y世代は、
「様々な苦難や経済的な不安にも関わらず、今の20代の若者が絶望したり無気力になったりしない」。
その原因は多元的であり得るだろう。
一見類似しているようで、実は直面している状況は大きく異なるとも評価できるかも知れない。
90年代の間中、氷河期世代とその他多くの日本人は、その状況が一時的なものだと思っていた。間もなく景気が回復してあらゆる状況が好転すると思っていた。(だがそうならなかった。)
他方、90年代以降の米国の好況も実は表面的なものであり、水面下では製造業の海外移転に代表されるように空洞化を起こしていた。「普通の労働者」向きの職は減る一方で、借金で消費が支えられていた。
「政府や経営者が、医療保険や年金といった補償の責任を次第に個人に押しつける…傾向は数十年かけて続いてきたものの、この世代がリスクの転嫁を肌で感じる初めての世代になるかもしれない。」
その意味で、経済・社会の変動は既に起きており、それに対してY世代はwell-preparedである、のかも知れない。

米国の状況について、この記事では
「その理由は簡単だ。絶望するように育てられていないからだ。 この世代が育ってきた時期は、子供に対する政策が重要視され〔た〕。かつてないほど大切に育てられ、大人からは「あなたにはほかの人とは違う能力がある」と刷り込まれている。 最大のマーケティング対象でもあった…」
と分析する。

この点、日本の氷河期世代はどうだろうか。
彼ら--いや、我らというのが正しい。自らも氷河期世代に属する以上、これを語るとすれば個人的な呪詛が含まれていることを警告せねばならない。
特に氷河期世代前半は、団塊ジュニアの世代でもある。単純に頭数が多かったから、受験を初めとするリソース獲得競争は激しかった(*2)
そして就職活動期には氷河期突入。
遡れば、80年代に上の世代がバブル景気を謳歌している頃、後の氷河期世代が受けていた中等教育は管理教育の全盛期でもあった。
個々の例はともかく、世代全体として見れば、「大切に育てられ」た「最大のマーケティング対象」とは言い難いのではないか。

そして結局、政治参加の態度の差として表れる。
「…この世代は、口先ばかりのでたらめを嫌う。率直でない政策や候補者は、皮肉ではなく純粋に軽蔑する。」
「新世紀世代も既成勢力に失望しているのかもしれない。しかし新世紀世代は、自分自身と、インターネットを通じて物事を成し遂げる自分たちの力に絶対の自信を持っている。」
ではどのような処方箋が書けるのか。
「「投票してくれれば、様々なプログラムを創出します」などと言っている候補者には全く心を動かされない。「私と一緒にこの国と世界を変えましょう」と言う候補者は、ウェブ2.0の考え方を手本にして、新世紀世代を動員することができるだろう。」
「オバマ陣営の若者旋風は11月の決戦前に終わってしまうかもしれない。しかし、オバマ氏が米国の20代の経済問題に真剣に向かい合ったことによって、自ら変化を起こそうとする新世紀世代が注目されるようになったのは間違いない。」
日本には未だ氷河期世代の「経済問題に真剣に向き合った」政治家は現れない(*3)
氷河期世代が政治的にactiveでないから、その利害を代表する政治家が現れないのか、その声を受け止める政治家が現れないから氷河期世代が政治にシラケているのか、ニワトリタマゴで結論は見えないが。(*4)
【関連】
アメリカの裁判官(の給料)とリーガル・サービス市場
サブプライム問題
で、誰をひっぱたくのか

テーマ : 日本の未来 - ジャンル : 政治・経済

20:35  |  日本社会  |  TB(2)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.18 (Fri)

Ater Tasini・その2

アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する - After Tasini http://izw134.blog74.fc2.com/blog-entry-51.html
前回のあらすじ。
過去の新聞記事等をデジタル・データベースに収録するに当たって、settlement class actionを利用しようとしたら、連邦裁判所の事物管轄権がない、と第2巡回区は判断した。どうしよう、という話。

知財の専門家を捕まえることに成功した。
彼「…やっぱ登録するしかないんじゃない」
こちらでも未解決の問題の模様 ←結論

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

17:58  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.17 (Thu)

真の姿を我の前に示せ

案の定、一昨日から冷え込む。昨日は雪も舞ったし。
今日も午後から雪混じりのものが落ちてきたが、最終的には雨になった。 真の姿を我の前に示せ

裁判員制度の準備の関係で、こちらの陪審審理の視察に来ている裁判官の方とお昼を食べる。
視察の関連で日本人アメリカ法ウォッチャーと知見を交換する、ということだったのだが、結局世間話になってしまった気がする。役に立てたのかなぁ(汗)
23:14  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.15 (Tue)

ラスト・リゾート

これもサブプライム問題の一貫か。
空き家、荒れ放題 (BusinessWeek):NBonline(日経ビジネス オンライン)
差し押さえた抵当物件を銀行は放置
2008年1月15日 火曜日
Michael Orey (BusinessWeek誌、企業取材担当)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080111/144589/?P=1
・住宅を担保に銀行が融資
・差押(foreclosure?)を警告するだけで住人は退去
・でも価値が低くて所有権を主張しても仕方ないと、銀行は管理しない
・空き家が荒廃、周辺にも悪影響

・そこで市の検察官が、租税先取特権や州法上の住宅の管理義務違反の罰金を(?)levarageにして管理させようとしている。罰金により抵当権が市に移り、銀行は地域内で他の不動産売買をできなくなる。(? 正確なスキームはよく分からない。翻訳ギャップもありそう。)

・この市の検察官は、J.D.と社会学Ph.D.を取ったばかり。その博論で論じたことを、インターン先だった裁判官と組んで実現している。
ある意味、dual degreeの本領発揮とも言えるが、何かグルになっているように見えなくもない(^^;

・背景として、アメリカ製造業の衰退に伴う、旧工業地域の荒廃。

泣いて喜びそうな人が思い浮かぶトピックだなぁ。

日本だとどうだろう?
日本の住宅は、(1)新しいものの価値が高い&(2)価値は急速に劣化し、寿命が短い、から、この種の問題は致命的にはならないのでは。
「ダメになったら取り壊せばいいや」って。
100年オーバーの住宅が普通に出回る市場環境だからこそ、問題になっているとも言える。(*1)

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

20:10  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.14 (Mon)

闇の力を秘めし鍵よ

月初にニューヨークから戻ってきてから、当地はかなり暖かい。摂氏10度越えも普通。



で、桜が咲いていた(笑)
闇の力を秘めし鍵よ

今夜は結構ひんやりしているから、明日からはまた寒くなるかも。
22:51  |  身辺雑記  |  TB(3)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.11 (Fri)

アメリカの裁判官(の給料)とリーガル・サービス市場

最高裁長官による連邦司法部に関する年次報告書原文、裁判官の給料の話はほとんど年中行事になっている(笑)
まぁ、トップが司法部を代表して、他の政府部門に党派的にならずに言えることと言えば、自ずと職員の待遇の話になってしまうのは分からないでもない。(*1)
それでも例年に比べると大人しいとLinda Greenhouseは評しているが。

英米法の教科書にはどれも(法曹一元への憧憬をにじませつつ)、アメリカの裁判官は経験を積んだ弁護士から選任されることと、それ故のその地位の高さと集めるリスペクトについて書いてあるわけだが;
今や連邦裁判官よりもロースクール出たての一年目アソシエイトのほうが給料が高く、民間セクタからの裁判官のなり手がなかなかいない。
リスペクトについては未だ維持されていると思うが、給料を理由に裁判官を辞める人も出てくる状況。
The Value of a Judge - washingtonpost.com
It's more than Congress has been willing to pay.
Wednesday, December 12, 2007
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/12/11/AR2007121102004.html?wpisrc=newsletter

数年前、地元の弁護士の先生を演者として、法科大学院時代になって弁護士業務がどう変わるかという講演会があり、何故か主催者から私がコメンテータに指名された。

80年代半ば、当時ハーバードの総長であったDerek Bokが「日本の優秀な若者はエンジニアを目指すのに、アメリカでは弁護士を目指すから、こんなに国際競争力が落ちている」と(自らも弁護士であるにかかわらず)嘆いたエピソードを引きつつ、彼は、法曹人口の増加による訴訟社会化とそれによるビジネスや地方自治体他のサービス提供者(医者とか)の萎縮への懸念を表明した。
これに対して私は、先のエントリで挙げた例も念頭に、実際のアメリカ法の80年代後半以降の動きはプロ・ビジネス的だと言えることを指摘し、その原因を、法曹人口が十分に増加すれば原告側のならず被告側弁護士も増えていくことに求めた。

この解答自体は誤りだとは考えてはいないが、しかし、より大きな背景事情をスルーしていたか、と後になってから気付いた。

既にアメリカには100万人規模の弁護士有資格者がいるわけだが、その数の伸びは鈍ってはいない。ここ15年間、毎年4万人内外のロースクール修了者がおり、ロースクール自体の新設も、1990年以降23校が新たに認証されている。

個別に見ても、私が留学した当時でロースクールの授業料は高い所で年間2万ドル強といった感じだったが、未だ10年経過していないにもかかわらず3万ドルを超える大学はざらにある(*2)
この額3年間分(!)を吸収し得る給料を払う、弁護士マーケットとはどんなものなのか。

Derekの嘆きから現在までの25年間には、日本経済がグダグダになるのと入れ違いに、アメリカ経済が息を吹き返した90年代が含まれる。
90年代のアメリカ経済の復活についてはIT革命に言及されることが多い。
が、アメリカ経済が復活しても、アメリカ製造業が復活したわけでは必ずしもない。
90年代に起こったのは、アメリカの企業は中国に工場を立て、製品は専ら輸入するというシフト。
その過程で重要性を増したのが、コンサルとか、財務とか、ビジネスをデザインするビジネス。そのようなものの一つとして法務も位置付けることができる、今はそんな見立てをしている。
未だ仮説で実証はできていないが。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

22:06  |  アメリカ法  |  TB(4)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.11 (Fri)

コモンロー的なるもの?

既に1ヵ月半前になってしまったが、
政府=間接部門の効用 | bewaad institute@kasumigaseki
http://bewaad.com/2007/11/24/342/
政府の機能に関するこちらのエントリだが、これに対するコメント6
「 6. 通りすがり Says:
11月 25th, 2007 at 6:11:26
webmaster氏は「政府はぜひやりたいと思ってやっているわけではない、世間からそう要請されているからやっているのだ」との主張だと了解しますが;
「政府が一定の機能を果たしている」ということと「さもなければ個々の研究者に当該業務が降りかかる」ということとが二者択一的に語られていますが、果たしてそうなのかと。
…例えばある種の全国組織を構成してそこに「一定の機能」を委ねる、という選択肢もあるはずです。
にもかかわらず、「一定の機能」を果たすために、常にではなくとも多くの場合、政府が登板するのは何故なのか、官僚機構内部のレベルでも官僚機構外の狭義政治システムのレベルでも狭義政治システム外のレベルでも、興味深い政治文化的現象です。」
は私が書き込んだ。これに対してbewaad氏より
「20. webmaster Says:
11月 26th, 2007 at 3:31:02

>通りすがりさん
アングロサクソン系の慣習法主義と大陸法系(日本はこちらです)の成文法主義の違い(というのも乱暴なまとめですが)が影響しているのかな、というように思います。日弁連などの自主規制機関についても、新たに作るのであれば法律上の根拠がないとオーソライズしづらいのは否めません。手形や小切手の実務を担う都道府県銀行協会のように、明治以降の法制化に先立ってできたものについては、この限りではなかったりもしますが。」
と回答された。
この見解には首を捻らないでもなかったものの、人様のブログのコメント欄で本筋とは関係ない話題をするのも適切でないのでこれ以上は追求しなかった。

が、年が明けてから、池田信夫先生のブログで、考え方の方向性としては正反対ながら、共通する認識を持っていると思えるエントリがあったので、併せてコメントしたい。

政府=間接部門の効用 | bewaad institute@kasumigasekiに対して

私のコメントの趣旨は、例えば民間団体を組織してそこに「間接部門」機能を担わせる、という選択肢もあるはずなのに(*1)、そのような選択肢の可能性は検討されることもなく、すぐに「監督官庁」が求められる、これはどういうことなのか、という問題設定だった。(*2)

私が社会的な問題を考える際にはどうしてもアメリカを参照してしまうので、前記引用回答コメントには見た瞬間はドキリとした。「国会対応やメディア対応等」であれば、例えば学会がそれに当たる、という選択肢もあり得るはずだ。例えばアメリカでは、ロースクールやメディカルスクールの認証はそれぞれ専門家団体であるABAやAMAがやっている。(*2)
しかし前記回答はよく考えてみると腑に落ちない。

「一定の機能」を専ら政府に(のみ)委ね(ようとす)るのは何故かという問いに、「英米法系ではなく大陸法国だから」という解答が成立するためには、(少なくとも)二つの命題を経由する必要がある。
  1. 「一定の機能」を果たすためには実定法上の授権が必要である。
  2. 英米法系においてはよりinformalなやり方でこの種の授権がなされる。
いずれも首肯できない。
1. ここで期待されている機能はマスコミ対応等の社会的説明責任を念頭に置いている。権力的なものではない。これに対して実定法上の(特定的な?)授権を要求するのは、私的自治の原則に反する。(*4)
別の言い方をすれば、ここでの授権は、契約(*5)や法人設立(*6)に関する民事一般法以上のものは必要ない。はずである。

2. コモンローのカバーする領域としてまず思い浮かべるのは、契約や不法行為、財産権といった民事(一般)法の領域になる。アメリカにおいても、公法的な領域において(すなわちある組織が権力作用を営むに際して)、制定法上の授権なく純粋にコモンロー的に対応しているという法分野を、思いつくことができない。(*7)
例えば先にアメリカのロースクールの認証をABAが行っているとしたが、ABA認証ロースクールに行けば司法試験受験資格が得られるのは、州制定法がそのように規定しているからである。(*8)(*9)
そうだとすると、英米では先に団体的活動が生じてそれを判例法が承認する、というようなイメージは描けない。

以上より、「一定の機能」を専ら政府に委ねるのは「英米法系ではなく大陸法国だから」だとは言い難い。
むしろ答えは、より特殊日本的な事情に求められねばならないだろう。それが何かを特定することは現時点では困難だが。国民性論、政治文化、官僚文化、ビジネスの体質、メディアの傾向、様々な可能性が考えられる。

自由な社会のルール - 池田信夫 blog に対して

自由な社会のルール - 池田信夫 blog 「「各自が利己的に考えて行動」すると無政府状態になるから、法律でしばらなければだめだ、という発想をハイエクはテシス(人工的秩序)と呼び、これに対して各自の意思によって進化的に形成される秩序をノモス(自生的秩序)と呼んだ。後者のうちもっとも重要なのは暗黙の社会的規範であり、それを裁判によって明文化したものが判例であり、それを立法化したものがコモンローである。
他方、日本のような大陸法型システムでは、立法によって細部まで規制し、その解釈は政省令で決め、処罰も行政処分で行なう。これは法技術的にも大変なので、コーディングの専門家である官僚がほとんどやり、政治家は事後的に(利権がらみの)注文をつけるだけということになりやすい。当ブログでも何度か書いたように、こうした実定法主義によって官僚に権力が集中し、行政が立法も司法も兼ねていることが、イノベーションを阻害し、日本経済を窒息させている最大の原因である。」
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/fec9b85d45e60765bc98ce1eb90ac2aa
「社会的規範」と「実定法主義」
ここでは、好ましい規範として「社会的規範」を同定することができ、そしてコモンローにおいてはそれが採用される、と想定されている。しかし大陸法国ではそうではない、と。
しかし、好ましい規範が同定可能なのであれば、それは如何なる立法回路を通じてでも採用可能なはずである。大陸法型立法過程であっても社会的規範とパラレルな立法をなすことは可能なはずである。従って、ここでの問題はコモンローか大陸法かということではない。
確かに官僚機構に起案を委ねると自らに有利な立法をするインセンティヴがある、とは言える。しかしこれは日本型官僚制の問題であって、日本が大陸法国だからではない。
自生的秩序について
この点は、ハイエクの自生的秩序の解釈にもかかわる。(*10)この概念の意義については
  1. 規範形成過程の動態的な記述and/or規範的承認、すなわち得られた規範の正統性の問題、と
  2. 規範の内実の、機能的な有効性の指摘、すなわち規範の正当性の問題
の両様に理解が可能である。
そして、ハイエクは、前者は必ずしも必須のものとはしていない、との指摘がある(*11)。「市場の積極的導入」という旧社会主義国で多く見られた現象は、後者では正当化できるが前者では正当化できない。
他方、コモンロー云々というのは前者に関係するテーゼのはずである。
アメリカの場合
とりあえず私はアメリカしか勉強していないが、アメリカ法がビジネスにとって好ましい環境を(常に)提供しているかについても留保が必要だろう(*12)。池田先生も、前記引用エントリの終わりではSOX法の経験を挙げ、否定的に評価している。
もっとも、SOX法は議会制定法であって、コモンローではないから問題が生じたのだ、と言えなくもないかも知れない。それではコモンロー上のルール下では望ましいビジネス環境は実現するであろうか。

そうではない例を二つ挙げる。
第一は信託法上の受託者の義務についてである。
伝統的な信託法においては、信託財産の価値を毀損しないために、受託者を監督する広範な権限を裁判所が有し、受託者の行為を制約するルールも様々なものがあった。これは、土地が主要な信託財産であり、その価値の維持が重視された環境下では適合的であったかも知れない。
しかし、現在においては株式を初めとする金融資産が信託財産の重要な部分を占めている。そのような環境下では、単にこうした資産を保持しているだけでは不十分で、むしろ積極的な運用が図られねばならず、そのためには専門的知識を持った受託者が裁量的に行動する必要がある。こうして、第3次リステイトメントにせよ、統一信託法典(Uniform Trust Code)にせよ、近時の信託法改革は判例法の展開とは別の回路で受託者の裁量を広げている。

第二は日本人にも馴染みの深い製造物責任の分野である。
製造物責任(製造物に欠陥の存すること自体を責任原因とする民事責任)は、その法形式には幾つかのものがあり得るが、いずれにせよ1960~70年代のその展開は判例法主導であった。
コモンローはビジネスに敵対的に展開したのである。

これに対するビジネス側の対抗策は幾つかあるが、その一つは連邦安全規制への依拠であった。連邦制の問題もあるので一筋縄ではいかないが、連邦行政庁の策定する製品等の安全基準(これ自体、議会制定法の授権に基づく)を遵守していることを根拠に州不法行為法上の責任が排除されることを主張した。細かい解釈論に依存するので結論はsporadicだが、90年代以降、この主張が認容される例が目立ってきたのは確かである(*13)。さらに、ビジネス側のほうがこうした効果を狙って連邦規制を求めてロビイングしているとの報告もある(*14)

また、アメリカにおいても行政庁(*15)は、規則制定権限、執行権限、一定程度の裁定権限を併せ持っていることも指摘しておく。

まとめ

すなわち、いずれも大陸法vsコモンローという枠組で問題を把握した上で、bewaad氏は日本は大陸法だから仕方ない、池田先生は大陸法だからけしからん、という評価を下すわけだが、私の疑問は、そもそもそれは大陸法vsコモンローという対抗軸の問題なのか、ということになる。

仮に大陸法の問題だとすれば、大陸法系の本家であるドイツやフランスでも同様の現象が観察されなければならないことになる。あるいは(少なくとも国家法の部分に限定すれば)世界的には英米法系諸国よりも大陸法系諸国のほうが優勢なのであって、そうした国々でも同様の現象が観察されなければならないことになる。
しかし、両氏とも、特殊日本的な問題を念頭に置いて議論をしている。そうだとすれば、「大陸法だから」という診断は、背景要素の一つとしてカウントすることは可能かもしれないが、直截的な原因とは言い難いように思える。より日本特殊な要因を探ったほうが、原因を探究する際にも、処方箋を書く段でも、より有効性が高いのではなかろうか(*16)


【関連】
規制を求める業界

テーマ : 法律全般 - ジャンル : 政治・経済

18:12  |  アメリカ法  |  TB(5)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.06 (Sun)

帰路

フィラデルフィアへの帰り、ニューヨークのPenn Station。
帰りの列車は2時1X分のはずだったから…あの14分のやつだな。

…あれ、違う列車だ。確認…え、11分発!?
というわけで帰りの列車に乗りそびれた。確認の足りないお前が悪いと言われれば返す言葉もないが。
以前、大阪に行った時に往路が伊丹だったので戻りも伊丹だと思い込んでいて実は関空発の便で、乗り損なったことを思い出した。交通機関は慣れかけが一番怖い。


というわけで思いがけず、以前より気になっていたSEPTANJ Transitを乗り継いでフィラデルフィア=ニューヨーク間を移動するというルートを試すことに。

試した結果:
・安い!Amtrakの約半分。しかも今回予約していたAmtrakのチケットは特に安いやつで、2倍~3倍の列車もあるから、値段的には比べものにならない。
・但し時間的には結構根性が要る。単純に乗っている時間だけを計算すれば、Amtrakの5割増前後で、コストパフォーマンス的には悪くない。が、列車の接続が悪い。経営主体も別だから調整とかあまりしていなさそうだし。まぁ本を読んでいればいいのだけれども。
トータルの結論としてはビミョーな感じ。
23:41  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.06 (Sun)

Les Misérables

せっかくニューヨーク行くんだし、ミュージカルかリンカーンセンターでオペラでも、どうしてもというわけでもないが都合が合えば、
くらいのつもりで、とりあえずネットで情報を集める。

…えぇっ、レミゼが1月6日で終演デスカ。
決してmusical loverというわけではないのだが、レミゼは何度か観た。
ニューヨークでは2度観た(*1)。意識的にそうしているわけではなく偶々だが(*2)
日本版も一度は観た(*3)

もう観られないとなると、折角なら、と思い、チケット情報をチェック。
…うん、終演間近の週末のチケットなら売り切れてるよね。
ん、プレミアム・チケットならある。た、高っ。でも耐えられない額でもない… あ゛、クリックしちゃった(笑)

で劇場に行くと…わ、近っ。一桁列目の舞台真正面。しかるべき値段を払っただけある。

でperformanceだが、良かった。
単にいい席なので音響も良いだけかも知れないが。

特に良かったのが(これも当たり前かもしれないが)ジャン・バルジャン。最初から最後まで、低音から高音まで、ムラなく(良い意味で)均質、かつ深みのあるperformance(=演技and演奏)。

エポニーヌも良かった。一番気に入っているシーンはマリウスとコゼットがいちゃついてる横で歌うエポニーヌなので、エポニーヌが良いと全体の印象も良い。

あとリトル・コゼット萌え。あの歳であの歌は今後が楽しみ。

数度観ると気を回す余裕も出てくるのか、若干気付いた点。
原作と比してミュージカルのストーリーは、コゼットとマリウス結婚後のジャン・バルジャンとマリウスとの確執の部分が割愛されている。そうすると:

その1。結局、「ジャン・バルジャンはコゼットを助けました、ジャン・バルジャンはマリウスを助けました、二人の幸せを見届けて天国へ行きました」というお話としてまとまっている。
結果的に抽出されてくるのは、世代の問題系。次の世代のために捨石になる(なれるか)というモチーフ。

その2。六月暴動のシーンが後半のヤマ場として設定されている。ラスト、ジャン・バルジャンが死ぬシーンでも、その際に倒れた者たちがステージ奥で並んで「民衆の歌Do You Hear the People Sing?」の旋律が演奏される。
「自由のために戦う」というモチーフの強調を読み取るのは、アメリカで観ているバイアスか?


【関連】
で、誰をひっぱたくのか

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23:34  |  身辺雑記  |  TB(1)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.06 (Sun)

MoMA

金曜日は夜まで開いているということで、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に寄った。
ていうか、よく見ると会場のヒルトン・ホテルから1ブロックも離れてないし(笑)
MoMAは新館舎になってから行っていなくて訪れたかったので、ちょうどいい感じ。

5時半頃行ってみたら、入り口から目茶苦茶混んでいた。どうやら金曜の夕方4時以降は入場無料になるらしく(そこまでは調べていなかった <よわよわ)、皆な考えることは同じ、と。
中に入っても混み具合は変わらず、日本の美術館で海外から有名作品が来る展示会と変わらんなー、という感じだった。

MoMAを訪れたのは2度目、か?
前回は「思ったよりモダン」(*1)という印象を持ったのだが;
今回は「あれ、MoMAってこんなにコンテンポラリーだったっけ」という印象。

それにしても現代美術というのは
「これは芸術だ」
って言ったモノ勝ちだよなー(笑)(*2)

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22:58  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.06 (Sun)

AALS年次総会・その3・妙に日本語が通じた件

日本からの先生方もけっこう見かけた。

しょっぱなの午前中のセッションから、どこかで見たような日本人っぽい顔が、と思ったら有名なM先生だった。
次のセッションとの合間にご挨拶しようと
私「Professor M?」
彼「Yes…ああ、IZW134さん」
えぇ、何で知られているですか!? ちゃんとご挨拶したことないはずなのに。確かにうちの大学のOBですけれども。

他にも(日本語で)「IZW134さん、お久しぶりです」と突然話しかけられたらY先生だったり、お手洗いで(別の)Y先生とばったり出会って「こちらではどんな具合ですか」みたいな話になったり、本だけで知っていたS先生と名刺を交換したり。

もちろん外国から来ている人は日本人に限らない。
ポーランドとか、ウガンダとか、アフガニスタンから、という人もいた。
ここらへんは気になっているまた別の問題系へと連なっていくけれども、いずれ。
22:47  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.06 (Sun)

AALS年次総会・その2・米国ロースクールの国際化

AALS年次総会で議論されていた中身だが、ロースクールを如何に国際化していくか、という意識が強く出ていたのが印象的だった。(自分がそっち系統のセッションを中心に出ていたことを差し引いても。(*1))
しかも、教育のみならず研究においても。
むしろ、「国際化していこう」という前向きな姿勢よりは、「国際化してかないとマズイ」という危機意識といったほうが当たっているかも知れない。


その背景要因ないし原因(としてrecognizeされているファクターとして言葉の内外に染み出しているもの)は、まぁ一言で言えば「グローバライゼーション」なのだが、もうちょっと具体的に整理してみると:

(卒業生たる)弁護士の業務自体の国際化
米国内で外国クライアントの案件を扱うのみならず、外国の事務所に滞在して事件を取り扱うこともありうる(*2)。そういうcross-culturalなシチュエーションにも対応できる人間を育てなければならないのではないか、という意識。
さらにより一般的に、ロースクール教育と業務の現場とのギャップが大きくなっていると認識されており、実務サイドから“即戦力”を求められている、という状況もある。

・米国内の裁判所に出てくる事件でも、国際性を帯びている。
特にWTOの裁定が関係していたり、NAFTA絡みとか。そういったものを米国内の法制度とどう接続していくか。

・特にヨーロッパのカウンターパートが、教育・実務の双方で域内統合を深化させていることとの対比。

・単純に「オレら外国のこと知らな過ぎてヤバクね」という意識。
「日本人とかは意識的に外国情報集めてるよねー」などという発言もあった。


で、具体的に国際化していく局面だが:
・留学生の受け入れという面では既にLL.M.プログラムを中心に各校とも蓄積がある(*3)
それを、大学のassetとしてどう活用していくか、というのが現在の中心的な関心らしい。

・アメリカ人J.D.学生を、外国の大学に送り出す、ということも重要になりつつある模様。

・そのようなフォーマルな人の遣り取りだけではなくて、教育・カリキュラムの中で国際的な事項をどう取り込んでいくか、という問題群。
このようなことを考えるときに、国際法や比較法関連の授業を提供する、というのはまず思いつく。
しかしこちらでむしろより重要だと考えられている(ような)のは、普通の(?)科目、特に1年次の基本科目の中で国際的な話題に触れる、というアプローチ。民訴の授業で国際的な裁判管轄を議論するとか、契約法の授業でCISGとかUNIDROIT契約法原則に触れるとか。

こういう発想は日本にはない。個々の教員が(恐らくは自分の研究とも関連して)個別的なトリビア的に外国法の話をすることは少なからずあるだろうが、システマティックに科目の内容の一部として取り込んでいくということはほとんどなされていないだろう。
しかし、こういったアプローチのほうが効果的なのではないかと思える。(例えば)国際法の体系的な理解のためには別個に科目を立てる必要があろうが、選択科目とする限り、そもそも関心を持った学生しか履修しない。だが、必ずしも関心を持っているわけではない者も、そういった話題への最低限のexposureはあったほうがよいのではないか。むしろ関心がないからこそ、最低限の問題の提示を与える必要があるのではないか。我々は既に好むと好まざるとにかかわらず、既に国際的なものに巻き込まれているのだから。

・教育のみならず、研究においても比較法・外国法研究、やってかないとねー、というのが大きなトピックとして出ていた。
しかし(もちろん個別的な研究はこれまでにもあるけれども)法学研究における主要な研究手法としてはどうしたらいいのか、未だ試行錯誤中、という印象。

この関連の報告をした人と後で少し話をしたのだが、言葉の壁の話題になって、外国法の資料の英語アーカイブを作らなきゃと思ってる、ということを言っていた。
日本はこれまで外国法研究が盛んだったので、独・仏・英・米に関する情報の蓄積があるから、特に東アジア諸国からの留学生は日本語を勉強すればこれらの法域の法情報にもアクセスできる、というメリットがあったわけだが、英語でこれをやられちゃうと負けるなーと思った。


・研究に関連して、国際化とは直接関係ないのだけれども、もう一題。
20世紀前半までは、重要な研究のあり方として、数巻本のtreatiseを書くというのがあった。Corbin on Contractsとか、Bogerd on Trustsとか。
が、ここ数十年はそういうのがあまり出てないじゃないか、と(*4)
言われてみれば確かにそうだな、と。
ただ、リステイトメントなんかがそういう「大家によるtreatise」の代替なのかな、という気もしないではない。

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21:59  |  アメリカ法  |  TB(2)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.05 (Sat)

AALS年次総会

明日以降と言いながら更新の暇がありませんね。

アメリカ・ロースクール協会(Association of American Law Schools; AALS)年次総会来ています。行って来ました。

クリスマス休暇に入ってから大学から情報がやって来て、「ニューヨークなら行けるじゃん」と突如覗いてみることを決定。

AALSの構成員はロースクールという教育組織なので、専ら専門職教育・育成機関としてどうあるべきか、という話をするところなのだと思っていた。
今回初めて覗いてみたが、確かに教育関連のセッション、話題も目立つが、そういうのとはあまり関係なく普通に学会の研究会のノリで特定のテーマについてパネル・ディスカッションしていた。しかも膨大な数のsectionがあって、それぞれがそういったセッションを持っている。
日本の学会のように団体自体が一つの分野で規定されているのではなく、もっと大きなくくりで、その中に専門分科会が(exclusiveなものとしてではなく)あるという感じ。こういう学会は(法学分野では)日本にはない。

ただ、学会とはやはり違うと思ったのは、administratorとか図書館の担当者といった、大学運営側のスタッフも出席していて、そういった人向けのセッションもあったこと。もっとも、アメリカの大学の"administrator"というのは、教務担当であれ就職活動担当であれ国際交流担当であれ、それぞれかなりの裁量・判断権限と責任を持っている専門化している(*1)(*2)から、当然かも知れない。

そんな感じなので、規模も巨大。
ニューヨークのヒルトン・ホテルのバカデカイballroomを複数、その面積を複数階占有していた。
で、その会場(特に廊下・ロビー)を、時間帯にもよるが、かなりの数の人々が犇めき合っていた。

しかも、冬休みの季節とあって、家族連れの参加にも対応の用意がしてあって、実際に家族連れの参加者もいた。
廊下でオムツ替えたりしていたし。
関連して面白かったのが、参加申込書。
"Spouse/Significant Other"という記入項目がある。「連れ合い」が「配偶者」でないことも想定の範囲内なのね、と。
Solomon Amendmentに抗して最高裁まで戦った(負けたけど)だけのリベラルさを誇るAALSだけある。

全体の雰囲気も、党派的にはならないようにという意識はあるようだったが、やはりリベラル側の声のほうが目立ったかな、という印象。

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10:45  |  アメリカ法  |  TB(2)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.02 (Wed)

Big Apple

ニューヨークに来ています。
理由は明日以降。

街を歩いていて普通に日本語が聞こえてきて調子が狂う…
20:52  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.01.01 (Tue)

地球はまわる 君をかくして

あけましておめでとうございます。
当地も2008年を迎えました。日本時間から14時間遅れ、ハワイはこれからですね。地球は丸いです。

除夜の鐘の代わりに外では花火が上がる音。ペンシルバニア州の花火規制はどうなっているのでしょうか。


ブログを書き始めて3ヶ月以上が経過しました。
小学生の頃は日記というものが大嫌い、その後も一貫して筆不精。まだ生きているという報告用には手頃なものの、どれだけ続くやら心配でしたが、3日・3週間・3ヶ月というハードルは越えました。
自分で他人のブログを読むようになって「毎日書かなくてもいいんだ」と分かったのも肩の力が抜けた一因です。
P2P上で出回っているコンテンツを退治すべく、全米レコード協会(RIAA)等が音楽データを許諾なくアップロードした個人に対する訴訟戦術を展開している、という話は結構有名だと思うが;
そういう個人はたいてい若者であり、そういう若者の少なからぬ一部は学生であり、そしてそういう学生の少なからぬ一部は大学のサーバにそういうデータをアップロードしている。
自分が現在滞在している大学でも、時々注意を喚起するメールが回ってくる。

RIAAは(しかるべき業者を雇って)ネット技術を利用して、問題のデータが大学のサーバ上にあることを割り出し、大学に対して、学生の身元情報を提供したり、学生に訴状を回付するよう要求したりしている。
In the Fight Over Piracy, a Rare Stand for Privacy - New York Times
By ADAM LIPTAK Published:
December 31, 2007
http://www.nytimes.com/2007/12/31/us/31bar.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin
大抵の大学はこれに応じているようだが、オレゴン大学(Univ. of Oregon)は反撃に出た。
そいつは学生のプライバシーを侵害し、また調査業に関する州法違反だと。
そしてオレゴン大学は州立大学なので、大学側代理人は州法務総裁!

この大学側の主張が認められるかは分からないが;
日本で国立大の学生が何かアヤシゲなことをやらかしても、法務省が対応してくれることは
絶対ないな
と思うと日米の対比が感じられる(笑)

幾つか(も)要因はあると思うが、恐らく背景事情で一番大きいのは、州法務総裁(州司法省のトップ)を含め、主要な公職が選挙によって選ばれるということ。
そうだとすれば「intrusiveな州外ビジネスから州民を守りました」と宣伝できる機会には積極的に行動するだろうことも容易に了解できる。
サブプライム騒ぎ関連でも同様だと言えるだろう。

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