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2007.12.15 (Sat)

National Constitution Center

今日はNational Constitution Centerに行った。

とだけとりあえず書いておく。
内容としては、こちらで現時点において(*1)標準的な(≒教科書的な)憲法史、憲法制度の解説の展示、という印象。社会科/公民の授業でやるような内容を、博物館まるまる1個作ってやっている、という感じ。
詳しい人が訪れても新しい情報はないかも知れないが――そしてこういう所を訪れる日本人はそれなりに関心と知識を持っている人に偏っているだろうが――、アメリカ人が自らのnational identityをどのように確保しようとしているか、の観察としては面白く観られる。

・常設展の最初に、独立~合衆国憲法成立を中心とした憲法史の導入的なプレゼンがあるのだが、"What makes US Americans? You? And You?"って、俺アメリカ市民じゃないけどなぁ、と思う(汗)

・「アメリカ史に登場する人々」をたくさん集めて簡潔に解説しているインタラクション展示があるのだが、政治的・社会的リーダーのみならず、ジャッキー・ロビンソンとかモハメド・アリとかのcultural herosも含まれる。中には"Mickey Mouse (1928~)"なんてのも。

・最高裁裁判官のローブを着て、幾つかの事件を題材にその仕事を学ぶ、という展示。もちろん着ました(笑)

・奴隷制やJim Crow law、Korematsu、最近ではNixonなど、歴史の負の部分の展示もある。むしろ「無謬であったとは言わないが、問題を乗り越えてきたのが我々の強さだ」というメッセージか。

・対外関係については弱い。

・憲法制定会議の様子を等身大の像で表現した展示があって、自由に入っていける。それぞれ誰であるか示されているが、「この座っている老人は誰だ?」と思ってよく見るとベンジャミン・フランクリンだった。当時81歳。会議でも重鎮的位置付けだったのだなと実感する。
・中絶とか、憲法解釈方法論とか、現在の論争点についても(両論併記で)言及されている。
「我々は時々disagreementもあるけど、だからdebateし続けている。建国の父祖らがそうであるように」というメッセージが強調される。「それこそが我らの強さだ」と。
正当性(正統性?)の淵源をどこに求めるか。

・もちろんこの博物館の存在自体も含め、一連の展示は国家国民の構築のためのプロジェクト(*2)の一環なわけだが;
そしてそうした国家国民を公共的生活に動員しようとしているわけだが;
そこで強調されるのは、そうすることによって「自由freedom」の恵沢を確保することになるから(*3)あなたも参加しましょう、というメッセージ。
つまり、こういうご利益(ごりやく)があるから、公共的生活に参与しなさいよ、と。
これは日本における愛国心(教育)論争とかなり対照的。
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テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

23:15  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

死刑:被害者感情論

死刑関連でもう1つ。少し前だが興味深い一節があったので。
Death Penalty Tests a Church as It Mourns - New York Times
By ALISON LEIGH COWAN
Published: October 28, 2007
http://www.nytimes.com/2007/10/28/nyregion/28cheshire.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin
ポイントの要約:
・死刑制度への反対を強く主張する教会があった。
・この教会の熱心なメンバーである女性とその10代の娘2人が殺害された。
・教会のメンバーはこれに対してどのようにリアクトすべきか意見が分かれている。
・被害者の夫/父親(一応教会には来ている)がどのように考えているかは明らかではない。
・被害者である妻/母親が死刑反対論者であったことは明らか。殺人事件に巻き込まれた場合に死刑を求めない文書に署名していたとの証言もあるが、この文書は見つかっていない。

私の興味を引いたのは、記事が引用する(この事件には関わっていない)ベテラン検察官の次の言葉:
"Our job is to enforce the law no matter who the victim is or what the victim's religious beliefs are... If you started imposing the death penalty based on what the victim's family felt, it would truly become arbitrary and capricious."
被害者が誰であるかやその宗教的信念が何であるかにかかわらず法執行すべきである、遺族がどう感じるかで死刑を科すかどうか判断するとすれば、それは恣意的であてにならないものであろう。

日本では昨今、ともすれば遺族の感情論に最大のウェイトを与えられ易い(*1)が、それこそがarbitoraryでcapriciousな、正当性を欠く法執行となる、という考え方にはハッとさせられた。(*2)

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23:05  |  アメリカ法  |  TB(2)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

死刑:コスト論と弁護士費用

死刑の話になったので、関連する話を書いておく。
Capital Cases Stall as Costs Grow Daunting - New York Times
By SHAILA DEWAN and BRENDA GOODMAN
Published: November 4, 2007
http://www.nytimes.com/2007/11/04/us/04penalty.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin
コスト論との関係。
政府側が弁護士費用を支払う財源がカラになり支払えなくなったので、裁判官がトライアルを延期している、という話。
もちろん弁護士なしでトライアルをやれば上でアウトになるのは確実だし、弁護はadequateである必要があるからcompetentな弁護士である必要がある--そしてcompetentな弁護士であればしかるべきfeeを要求するだろう!
この事件は2005年3月に起きた、裁判所庁舎内での銃撃という当時話題を呼んだ事件だが、この記事執筆までに120万ドル≒1億3千万円の費用(恐らく大部分は弁護士費用)がかかったと報告されている。

若干のコメント:
・検察側が死刑を諦めれば費用の節約になる可能性が示唆されている。すなわち終身刑へ切り替えれば有罪を認めることを被告人側は持ちかけているが、検察側が応じていないとのこと。
もちろんこれは答弁取引(plea bargaining)の実務を前提とした話になる。答弁取引制度を前提とすると、コスト論の観点からは、死刑制度を維持したほうが終身刑になる可能性が高まるのではないか。

・それにしても、competentな(被告側)弁護士はかなりもらうんだな、の感。
ロースクールでdeath penalty clinicなどに人気が出るのも、単に「人権のために闘おう」といった純粋な動機に限らず、稼げるから、というのもあるのかも知れないと邪推。(*1)

・こうしたことが可能になる前提としての、連邦制の構造。
能力のある弁護士による弁護を含め、しかるべき防御の機会を与えないと、連邦のほうの裁判所でアウトにされる可能性があるから、州政府はしぶしぶながらも何とかしてしかるべき防御の機会を与えなければならない。

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22:42  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

NJ死刑廃止

ニュージャージーの死刑廃止について書こうと思ったのだが、コスト論への言及も含めて日本のマスコミでも既に報道され、ブログもあちこちで書かれているようなのでやめることにする。

lethal injectionが連邦最高裁へ上がっているし、2008年は死刑が大きな争点になるかも知れない。


メインでない点について、その1。
かめ?:コストの問題 - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/gegenga/archives/51224931.html
こちらのブログ・エントリでは、被害者の遺族の見解の取り上げ方について毎日新聞と産経新聞の違いを問題として指摘していますが;
こちらで報道を読むと、ちゃんとした所の記事は皆な、両方の意見を載せているんですよね。
別にこの論点に限ったことではなく、社会問題一般について。

正確な背景はジャーナリズム論とかを知らないので分からないし、政治における二大政党制なども影響しているのだろうけれども、ともかく「世情の意見が分かれる論点については双方の意見を載せるべし」というジャーナリズム倫理・行動規範(ethics; code of conduct)が確立しているように思える。

偏っていることを前提にしているアメリカのジャーナリズムでそうなのだが、日本のマスコミは「中立公正」を謳いつつ偏りが見られる。「双方の意見を併記」など、そう難しくない技術だと思うのだが。(*1)


その2。上のブログつながりで読んだ毎日新聞の記事がツッコミどころ満載なのでツッコんでおこう。
(cache) 死刑:米ニュージャージー州が廃止に 議会下院で法案可決 - 毎日jp(毎日新聞)
「米国では72年に連邦最高裁が「死刑は憲法違反」との判断を示し、各州が死刑を廃止した。だが、76年に最高裁が先の判断を覆したため、死刑を復活させる州が相次いだ。」
http://s01.megalodon.jp/2007-1214-1513-32/mainichi.jp/select/world/news/20071214k0000e030076000c.html
Furman判決(*2)は確かに読み方の厄介な判決だが、「死刑制度それ自体」を違憲としたのは2名の裁判官のみ。もう3名は「この死刑宣告は違憲」という適用違憲判断。
Furman判決を受けた各州の反応は、合憲たりうる死刑制度への改革。州は「如何にすれば死刑制度を維持できるか」を考えた。
Gregg判決(*3)はこの動きも受けた上で、死刑制度それ自体は合憲であることを確認したのであって、Furman判決を「覆した」とは言い難い。もっとも、同日の別の判決は別の州の別の死刑制度を違憲判断している(*4)ので、細かい制度設計に審査を加える法理はむしろここから始まったとも言える。

「この記事を論評しなさい」という試験問題を作るには格好の材料だなぁ(^^;
「米国の死刑執行…。ほとんどは薬物注射によって行われ、連邦最高裁は9月、「むごい罰」を禁じた憲法に違反していないかどうかの検討を始めた。」
lethal injectionが"cruel and unusual punishment"にあたるかというのは、薬物注射一般がどうかという問いではなく、ちゃんとした手順に従って実行されれば苦痛もなく死ねるのだが、必ずしも訓練を受けていない人間が実行すると手順を間違えて苦痛を与える(が周囲は気付かない)、これは合憲か、というかなり限定された問い。ここももうちょっと慎重に書いて欲しい所。

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21:23  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

Wツインテール

今野緒雪『マリア様がみてる 薔薇の花かんむり』読了。(何でそんなの読んでるんだ、というツッコミは却下。)
年末には次の巻が出てしまうし、次巻以降、タイムリーに入手できない可能性も高い。節目の巻だし、感想を書いておこう。この巻の、と言うよりここしばらくの数巻の、だが。

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