2007年12月 / 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.30 (Sun)

サブプライム問題

前々からエントリにしようとちまちま書いていたのだがタイミングを逸してしまった。だがこの話題は年内には書いておこう。
苦手なマクロ経済の問題に最早なっていて、一回り眺めるだけでは全体像は見えにくくなってしまった。
深化するドルの危機
2007年12月4日   田中 宇
http://tanakanews.com/071204dollar.htm

金融法にはあまり関心を持ってこなかったし、実際勉強もしていない。
ただ、数年前(≒LSで忙しくなる前)までは周囲の民商法系の人は皆な証券化のことをやっている印象があった。

ハイリスク(・ハイリターン)の債権もリスクの異なる債権と組み合わせた上で小口に切り分ければ(サンドイッチ(*1)のイメージか)手頃な商品になる、というのが金融工学の知恵だったはずだが、その手法が逆にどこに危険な債権が隠れているか分からないという危機感になって浮き足立っているのは皮肉。悪かったのはセオリーかアプリケーションかその間のインプリメンテーションか。

ハイリスクな債権が(も)含まれていることは最初から分かっていたしそれこそがこの手法のミソだったのだから、リスクがあることは織り込み済みで、それが顕在化しても粛々と損失処理すればいいだけではないか、というのが傍から見ている素人の感想。

個人的には渡米の頃以来、為替が円高に振れていてラッキー。
前々から「信用取引が無限定に膨らんでいるアメリカ経済はそのうち壊れる。円高に振れる」と言ってきたので(*2)、むしろ遅かったぐらいに思っている。(*3)


法的にもいろいろ話題は出てきているようです。
全体像がどうなっているのかワケが分からなくなっているのですが、ご関心の向きは追いかけられてみては。(で、整理して教えてください。)
In re Foreclosure Cases, 2007 U.S. Dist. LEXIS 84011 (N.D. Ohio, Oct. 31, 2007)
粛々と譲渡抵当を強制執行しようとしたが、権益がごちゃ混ぜにされた上で切り分けられているのでmortgage holderであることを立証できない!という問題。
Bills Would Let Judges Remake Mortgages - washingtonpost.com
Bankruptcy Legislation Aims To Prevent Foreclosures
By Dina ElBoghdady
Washington Post Staff Writer
Tuesday, November 20, 2007
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/11/19/AR2007111901327.html?wpisrc=newsletter
住居を奪われかねない債務者のために、破産法の改正案が出ているとのこと。
記事中で言及されている民主党側の法案はこれかな。
Emergency Home Ownership and Mortgage Equity Protection Act of 2007, 2007 H.R. 3609,
available at http://thomas.loc.gov/cgi-bin/query/z?c110:H.R.3609:
上院法案、共和党案は未確認。
破産法は数年前に債権者有利の方向で改正されたと了解しているのだが、振子が反対方向に振れたか。


こちらで見ていると、譲渡抵当の強制執行で住んでいる家を追い出されてしまう、けしからん!(and/orかわいそうだ!)という論調が強いように思われます。
来年が選挙イヤーなこともあって、党派を問わずに、ほとんど徳政令状態。
Bush Wins Agreement To Freeze Mortgages - washingtonpost.com
Hard-Up Owners Won't See Adjustable Rates Soar
By David Cho and Neil Irwin
Washington Post Staff Writers
Thursday, December 6, 2007
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/12/05/AR2007120501340.html?wpisrc=newsletterA
これまでがバブル的だったし、ミクロ経済学的な発想からは、こういう徳政令的なるものはモラル・ハザードを生むから良くないと了解するので、例えばこの記事にある
"Darren McKinney, 48, a renter in the District, said he has been waiting for housing prices to fall so he can buy a condo without resorting to a dubious loan. He turned down an opportunity to buy his 600-square-foot apartment for $310,000 in late 2004 because he thought it was 'absurdly overpriced.'
Now the government is rewarding people who made irresponsible decisions and bought homes beyond their means, he said.
'There are those of us who purposely sat on the sidelines during the course of the last three years while the senseless frenzy was going on, and we presumed the free market would be allowed to correct itself,' McKinney said. 'The government is now meddling in the market and looking to prop up lenders and borrowers alike, and those of us who wisely bided our time get screwed.'"
「これまでが異常に高過ぎたんだ。政府はそんなのに踊った人々を救うのか」という、この人の意見なんかに「もっともだ」と頷くのですが。
しかしこれだけマクロ的な影響が大きくなると、そんなことは言っていられないということなのだろうけど。


世間的に注目された状況になっているということで、個々の取引のアヤシゲな点も表に出て来易くなっています。
Countrywide Subpoenaed by Illinois - New York Times
By GRETCHEN MORGENSON
Published: December 13, 2007
"The Illinois suit against One Source Mortgage said the company lured borrowers with misrepresentations about the interest rates on their loans."
http://www.nytimes.com/2007/12/13/business/13lend.html?th&emc=th
取引条件の説明等でアヤシゲな金貸し実務があるので行政が出張ってきているということだが、民事法(契約法--不当表示とか非良心性とか)でも対応できるような話のような気が。そう思うのは自分が契約出身だからか。

うさんくさいfeeを貸し手はチャージしてるね、という話。
Dubious Fees Hit Borrowers in Foreclosures - New York Times
By GRETCHEN MORGENSON
Published: November 6, 2007
http://www.nytimes.com/2007/11/06/business/06mortgage.html
Foreclosure Charges by Lender Investigated - New York Times
By GRETCHEN MORGENSON
Published: November 28, 2007
http://www.nytimes.com/2007/11/28/business/28lend.html
信用が怪しくなった債務者に追い貸しをしているという話。
Broke but Still Borrowing - New York Times
By DAN MITCHELL
Published: September 15, 2007
http://www.nytimes.com/2007/09/15/technology/15online.html
こういった話は日本のサラ金問題(*4)ともパラレルだなぁ、と。

だからそれに対応した動きも、日本政府がサラ金規制を強化したのとパラレルに見える。
In Reversal, Fed Approves Plan to Curb Risky Lending - New York Times
By EDMUND L. ANDREWS
Published: December 19, 2007
http://www.nytimes.com/2007/12/19/business/19subprime.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin
Fed Takes Aim at Deceptive Home Lending Practices - washingtonpost.com
By David Cho
Washington Post Staff Writer
Wednesday, December 19, 2007
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/12/18/AR2007121800194.html?wpisrc=newsletter
議会側はヌルいと言っているようだが。
アメリカ的だと思うのは、こうした規制の動きに対して貸し手側が「それでは効率的な信用供給ができなくなってしまう」と(表から見える所で)反論している点。(でそれが報道でも紹介されている点。)(*5)
昨年(だったか)、日本で利息制限法等改正でサラ金規制が強化された際は、業者側はそんな声を上げる間もなく一方的にやられていたように思う。もちろんサラ金問題については官民双方に以前から批判的な見方が根強くあり、最高裁判決等もあって世論が動いたので一気に動いた、という政治過程(*6)は了解しているが。
個人的にはミクロ的な発想から、(手続規制の強化はともかく)いくら実体の利率を制限しても、そこに資金需要がある以上ヤミに潜るだけだ、と以前から考えていた(*7)ので、政策論について落ち着いて考える間もなく変わってしまったのは何だかなぁと思ったのを、アメリカの貸し手側の反論を聞いて思い出した。
スポンサーサイト

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

18:35  |  アメリカ法  |  TB(3)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.28 (Fri)

みくみくになるのかな

ネット速度の基準では出遅れだが、初音ミク騒動が無事に(たぶん)収束したということで。ひょっとすると鏡音リン・レン発売前に決着をつけようという配慮もあったかも知れない。
クリプトン | VOCALOID2特集
http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/
ドワンゴによる初音ミクオリジナル曲登録問題まとめ(γ) - トップページ
http://www32.atwiki.jp/mickmiku/

事件をリアルタイムで追っていたわけでもないけれども、自ずと情報は目に入ったもので、一言。

今回の事件の特徴はいくつかあって
  1. 権利ビジネスを行う企業が、実際にはクリエータを無視or軽視していたことが明らかになった
  2. クリエータの側に明示的にポジショニングする企業が現れた
  3. クリエータが、二次利用を含むユーザの利益を意識して行動していた
とりあえずこんな感じ?
いずれも個々には以前から(少なくともぼんやりとは)認識されていた事項だとは思うが、これが明確に表に出てきた上に、組み合わさっていたところが特徴的だったと思う。

(音楽業界の?)権利ビジネスのあり方

「クリエータのために」を自称する企業が本当に権利者のために(あるいは文化の発展のために)行動しているかについては以前から疑問は呈されてきた。
これまでのところはミュージシャンが不利益を被っても業界の内部でやっていくためにはあまり大きな声を上げられなかったのが、今回は必ずしもそうする必要のないアマチュア・ミュージシャンが巻き込まれたことで、問題が焙り出された面があろう。

ドワンゴ側は当初「音楽業界の慣行」を根拠に自らの立場を正当化しようとした模様である。
これに対しては「他の業界やアマチュアに自らの業界の慣行を押し付けるのは不適切、説明不足」との指摘もある。(*1)(*2)
担当者自身は自らの適切だと理解する行為規範に従って行動していたという意味では、faultはさほど大きくなかったと言えるのかも知れない。しかし、その行為規範自体が相手方や第三者からどう見えるか、という視点を欠いていたという点では想像力不足は否めない。さらに言えば、そうした行為規範の存在を曝け出してしまったという点で、実はクリエータを軽視するという業界の体質ないしシステムを明らかにしてしまったとも評価できる。

クリプトン社のポジショニング

ソフトウェア「初音ミク」の発売元のクリプトン社が自らの商標等の権益を守ろうとするのは当然であろう。
しかし、クリプトン社(の側で対応に当たった伊藤社長)は、自らの権益ではないにもかかわらず(*3)、クリエータの権益を擁護する立場を明示的に取っていたように見える。
この点、クリプトン社はDMPソフトを売っている企業である以上、その顧客である(アマチュア)クリエータ側に立つのは資本の論理からして当然との理解(*4)の一方で、同社伊藤社長の来歴からすると本気でDMP文化の願っているとの指摘もある。

このエントリではいずれであるかは問題にしない。
ともかくは伊藤社長、頑張れ、ということで。札幌の企業でもあるし。

ここでは一般化するためにも、仮に前者だったとして、話を膨らませる。でもそれもネガティヴに評価されるべきではないだろう、と。
市場の機能不全や(本件のように)資本のオーボーが出てくると、サヨク系な発想をする人はすぐに「だから市民社会による云々」と始めてしまう。それはちょっと違う、そう考える必要はないのではないか、と。

アメリカのコンテンツ・ビジネス法の本を読んでいて「南北戦争」なる語にぶつかったことがある。ハリウッド等があってコンテンツ産業の集積するカリフォルニア州の“南”と、シリコン・バレーに集積するIT産業を持つ“北”とが、著作権の強化等をめぐってロビイング合戦等を繰り広げている、という話。もちろん前者が権利強化を主張するのに対し、後者がコンテンツの自由利用を推進することでそのハード・ソフトの売り上げ向上を目指している。後者もユーザの利益自体を目標としているわけではないが、結果としてユーザの利益を擁護するポジショニングをすることになる。

本件を見て、この話を思い出した。「市民社会」論に飛びつかなくとも、資本の論理の内部で、結果的に“市民”の権益が守られることはあり得る。しかるべき資本の配置があれば??一般化すれば、十分に多様でpluralisticであるという条件の下では。(*5)(*6)

Web2.0的クリエータ

(*7)そして、クリエータ達がオーディエンスの権益を意識して行動していたのも印象的である。具体的にはJASRAC管理下に入ることで二次利用が制限されることを懸念する声が相次いで上げられている。
これは、クリエータ自身が他者の作品の二次利用をしている、という行動様式から来るものであろう。少しずつ手を加えていくことで磨いていく。そうしたほうが面白い、ということを身を以って了解している。相互利用はフリーライドというよりは、むしろ相互のリスペクトをもたらしている。(*8)

決着と今後

さて、一応は落ち着いた。
ニコニコニュース‐着うた配信及び今後の協業に関する共同コメント
http://blog.nicovideo.jp/niconews/2007/12/000756.html
着うた配信及び今後の協業に関する共同コメント:メディアファージ事業部 ブログ
http://blog.crypton.co.jp/mp/2007/12/post_63.html
落ち着き所であるこの文書を見て思うことは、「これは何?」ということである(汗)
そりゃもちろん和解契約であるわけだが(1.項参照)、契約当事者はDMPとクリプトン社。両者間の権利義務関係であればこの和解契約で取り扱うことができる。

しかしこの文書には第三者たるクリエータの権利についても規定がある。これは一体いかなる法的性質を持つのか。第三者のためにする契約?unilateral contract?

具体的なシチュエーションを想定すると、4.(6)項はDMPがクリエータに楽曲利用を申し入れる場合の条件を規定している。それでは実際にDMPがこの条件を満たした申し入れをしなかった場合(例えばJASRAC以外の権利管理手法の可能性を説明しなかった場合)、クリエータはいかなる主張をなし得るのか?クリエータはこの条項を援用できるのか?援用できるとしてその効果は?(ライセンス契約不成立?損害賠償?)謎だらけである。

4.(6)項以外にも第三者の権利に関する規定はある。しかしこれらは(「確認します」という文言にもなっているが)この文書がなくとも著作権法上当然にクリエータ等に帰属している。
この点をわざわざ明らかにしなければならなかったことを裏から意地悪く見れば、業界が如何に法律上当然の権利の帰属を軽視してきたかの証左とも評価し得るかもしれない。
4.(6)項についても、民法上の説明義務等についての考え方如何では、これまた当然のことを規定したと位置付けることになるのかもしれない。(*9)


資本主義社会の構造とも結合して、供給者とユーザとが分離したモダンな状況から、ユーザ=クリエータの相互参照というポスト・モダンな環境へ。
それに応じた法制度へ。
この事件はそのエポックを画する出来事になるのか。あるいは一時の現象に終わるのか。評価は後にならないと確定できないが、希望的観測を込めて前者であると期待したい。
故に活字化して記録しておく価値があると思うのだが。詳しい弁護士さんとか、ジュリストあたりに書いてくれないかな。

テーマ : 法律全般 - ジャンル : 政治・経済

23:38  |  日本社会  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.28 (Fri)

$1コイン

冬休みなので5時に図書館を追い出される。
続きをしようとコーヒーショップへ行ってコーヒーを買おうとする。

店員(20代前半くらいの黒人のお姉さん)「これは何だ?」
オレ:何だって…「1ドルコインだと思うが」しかも地下鉄の駅でトークンを買った時に機械が吐き出したやつだから真正だと思うぞ。
店員「ちょっとマテ」と言ってバックスペースへ引っ込む。
まぁすぐに戻ってきてお釣をくれたが。

何でお宅の国のお金のことをガイジンが説明せにゃあかんねん(笑)
20:34  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.28 (Fri)

虎よ、虎よ!

サンフランシスコの動物園でシベリア・トラ(メス・4歳)が脱走(?)、1名(男性・17歳)死亡、2名(いずれも男性・18歳と23歳)が重体。
警官隊によりトラは射殺。
San Francisco Police Look for Clues Indicating How Tiger in Fatal Attack Escaped - New York Times
By CAROLYN MARSHALL
Published: December 27, 2007
http://www.nytimes.com/2007/12/27/us/27tiger.html?th&emc=th
Death at San Francisco Zoo Is Probed - washingtonpost.com
Two Brothers Also Injured in Christmas Attack; Police Investigating Animal's Escape
By Marc Kaufman and Sylvia Moreno
Washington Post Staff Writers
Thursday, December 27, 2007
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/12/26/AR2007122600141.html?wpisrc=newsletter
このトラが"cat"と表現されているのが何とも。

不法行為法の動物占有者の厳格責任を思い出す。
Rest. (2d) of Torts § 507 Liability of Possessor of Wild Animal

動物園水族館協会(Association of Zoos and Aquariums)
の認証した動物園で動物絡みで死亡事故が起きたのは初めてらしい。
というか、認証(accreditation)というのは教育機関以外でも使われるのだと今更ながら知る。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

00:26  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.26 (Wed)

After Tasini

Tasini判決(*1)といえば集合著作物に関する著名判決。
ちょっと気を抜くと「タニシ」と読んでしまう…はいはい、私だけですね。
ニューヨーク・タイムズ等の新聞社等が、記事等をデジタル・データベースに掲載することをライセンスした。自社記者による記事については職務著作だっただろうから問題なかったのだろうが、フリーランスの記者についてはそういうわけにはいかない。しかし、こうしたデジタル・データベースでの利用については、記者と新聞社の間でのライセンスはなかった。にもかかわらず出版社がデジタル・データベースへの記事等の掲載をライセンスしたので、新聞社とデジタル・データベース・ベンダーを訴えた、という事例。
最高裁の解答:新聞社のライセンスは17 U.S.C. §201(c)によって正当化されない。フリーランサーらの勝ち。

さて、本題はこの戦後処理。
新聞社&データベース・ベンダーとしては、今後についてはライセンス条項を挿入すればよろしい。

ではこれまでの記事については?もちろんフリーランサーらから許諾を得ていなかったのが問題なので、許諾を得ればよろしい。
Tasini最高裁判決を受けて、この問題をめぐるクラス・アクションが起こった。正確にはクラス・アクション自体は元々あったのが、Tasini最高裁判決を受けて再び動き出した。
原告クラス側弁護士と被告側があらかたの合意に達した上で、連邦地裁にクラスの認証&和解案の承認を求めた。典型的なsettlement-only class actionですね。しかし、この和解案では不利に扱われている原告クラス・メンバー――具体的には、著作物(記事等)を著作権局に登録していない著作者--がこれに異議を申し立てて上へ持っていった。
第2巡回区は「ちょっとマテ。そもそも事物管轄権(*2)があるのか?」と問うた。
In re : Literary Works in Elec. Databases Copyright Litig., 2007 U.S. App. LEXIS 27558 (2d Cir. Nov. 29, 2007)
  1. 侵害訴訟の要件としての著作権局への登録(*3)は管轄権の根拠にかかわる(jurisdictionalな)ものである。
  2. クラスを構成する個々の請求は事物管轄権を具備していなければならない。
  3. この理はsettlement-only class actionでも同様である。
  4. クラス中に登録された著作物に基づく請求とされていない著作物に基づく請求が混在するからと言って、後者に付加管轄権を及ぼすことはできない。
…個々の部品の判断はそうかなと思うのだが、組み合わさると結局、何もできないことになってしまう。

この場合、どうすればいいのか。
データベース・ベンダーとしては…黙ってデータベースに載せちゃえばいいのか。まぁフリーランサーが著作権登録をして侵害訴訟を起こされたら確実に負けるが(笑)

フリーランサーとしては?
もちろん登録する、という選択肢はある。さもなければ、データベース・ベンダーに対しては手も足も出ない。
新聞社とは契約関係に立っている以上、(州裁判所で)契約に基づく請求を立てることは考えられる。しかし、ここで新聞社が起こしている債務不履行は著作物を複製し得る範囲・条件の逸脱である以上、侵害訴訟と同様の請求になり、連邦著作権法によって専占されてしまうとも考えられる(*4)

そもそも(settlement-only)クラス・アクションで問題を処理しようとしたのは、
新聞社・データベース・ベンダーからすれば大量のライセンスを一々得ることは大変だ、という考慮だし、
フリーランサーとしては、細かい記事等に一々著作権登録をするのは大変だ、という考慮に基づく。
それを「管轄権がないからダメ」と言われてしまうのはキツイだろう(*5)
では州裁判所のクラス・アクションでならどうだろうか。これが成立するかは、著作権登録がjurisdictionalであると言った場合に、著作権訴訟の連邦裁判所への専属管轄(*6)を解除するような意味で"jurisdictional"なのだろうか、という論点に依存する。盲点。要調査。
あるいはCAFAの出番(*7)か。
Appeals Court Voids Agreement to Pay Freelancers for Work Published on the Web - New York Times
By RICHARD PEREZ-PENA
Published: November 30, 2007
http://www.nytimes.com/2007/11/30/business/media/30copyright.html?ex=1197262800&en=5a646c20368aa1a8&ei=5070&emc=eta1

関連:
In re : Literary Works in Elec. Databases Copyright Litig., 2007 U.S. App. LEXIS 27597 (2d Cir. Nov. 29, 2007)
上の訴訟の担当裁判官のうち、2人が原告クラスのメンバーかも、ということで回避すべきか。しなかった。
ちなみにこの2人は上記訴訟では法廷意見と反対意見に分かれている。
しかし3分の2は多いな(笑)

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

23:03  |  アメリカ法  |  TB(2)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.26 (Wed)

スタイルシート

レイアウトが狂っていると指摘を受けまして確認したら、確かにそうでした。
IEが"margin-left:20em;"というのをうまく解釈してくれなかったようです。
普段はFirefox使いなので気付きませんで失礼しました。
(それ以外のブラウザに至っては未知の領域です。どんな感じですかー)

というわけで修正のためにスタイルシートをうにょうにょいじってみる。
どうもem単位の長さ指定がうまくないようなので、position:absolute;で強引にpx単位でボックスを配置してしまうことにする。
widthプロパティとmargin、paddingプロパティの関係や、paddingを%で指定した場合の解釈がIEとFFでは全然違うようなのを発見してギョっとするのを、現物合わせで強引に落とし込む。
00:57  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.22 (Sat)

失言

最三小決H.19.12.18・平成19(受)1105
「裁判要旨「シェーン」を含め,昭和28年に公表された映画は,平成16年1月1日から施行された著作権法の一部を改正する法律(平成15年法律第85号)による保護期間の延長措置の対象とならず,その著作権は平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了した」
available at http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071220101200.pdf
判断自体についてはまあそうだろうと思うぐらいだが;
以前(下級審判決の出た際)、この事件が報告されていたTV(NHKだったかな)ニュースを思い出した。

従前の権利者側の担当者がインタビューされていたのだが、発言の一部に「我々の商品のほうが画質等、品質が高い」というような趣旨の言明があった。
えー、それって権利は必要ない、権利が付与されなくてもビジネスは成り立つって言っているようなものなのですが。
そういう枠組で著作権のことを考える人って専門家以外に少ないみたいだが、(でそれはそれで問題だと思うが、)なので実際には揚げ足は取られなかったみたいだけれども、担当者であれば「揚げ足である」という認識は持つべきだったような。
プロとしてはやってはいけない発言。

ついで。
この裁判要旨にも表れていて本文もそうなのだが、「本件映画を含め,昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作…の著作権は平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了し消滅した」という書きっぷりはどうなのだろうか。
「本件映画」以外の、訴訟の対象ではない映画についてもadjudicateしてしまっているようで、何だかキモチワルイ書き方なのだが。

ついでのついで。
判断の根拠とされている法令の文言の使われ方の検討(判決本文の4(1))が何らの引用もされていないのが引っかかる。要するに調査官解説を見ろってことだとは了解するのだけれども。
大量の注を注ぎ込んで書かれているアメリカの判例(*1)を読んで暮らしている人間からすると、この引用の少なさは物凄く心許ない感覚を持つ。
ちょうど今追いかけているテーマがそれに関連しているだけに、尚更。

テーマ : 法律全般 - ジャンル : 政治・経済

17:08  |  日本社会  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.21 (Fri)

mortgage

mortgage
〔名詞〕〔動詞〕
《法・経済》
普通の辞書には「(譲渡)抵当」「抵当に入れる」という意味が載っているが、日常英語の語感としては
「(不動産(典型的には家屋)を抵当に入れて)お金を借りる
ほうに力点があるよなぁ。
00:31  |  オレ辞書  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.21 (Fri)

上訴の構造

最三小決H.19.12.13・平成19(し)369
「裁判要旨第1審裁判所が犯罪の証明がないとして無罪判決を言い渡した場合に,控訴裁判所が被告人を勾留するについては,刑訴法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」の有無の判断は,無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重になされなければならず,嫌疑の程度としては,第1審段階におけるものよりも強いものが要求される。」
available at http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071214150505.pdf
結論は勾留を認めているから一般論の判示は差し引いて評価する必要があるが、上訴の構造を考える上では興味深い。
もっとも裁判員審理が始まれば上訴の構造はがらりと変わるのだろうが。
[要調査メモ]

テーマ : 法律全般 - ジャンル : 政治・経済

00:25  |  日本社会  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.21 (Fri)

Who Holds Privilege

「金融機関は,…顧客情報につき一般的に守秘義務を負い,みだりにそれを外部に漏らすことは許されないと解されている…それは当該個々の顧客との関係での義務である。時として,金融機関が,顧客情報について全般的に守秘義務を負うとの見解が主張されることがあるが,それは個々の顧客との一般的な守秘義務の集積の結果,顧客情報について広く守秘義務を負う状態となっていることを表現したものにすぎないというべきである。その点で,民訴法197条1項2号に定める医師や弁護士等の職務上の守秘義務とは異なる。」
最三小決H.19.12.11・平成19(許)23・田原裁判官補足意見
available at http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071214105450.pdf
あれれ、アメリカ証拠法ではattorny-client privilegeやphysician-patient privilegeはそれぞれ依頼人や患者がholdするものとされているのだが、日本法上の守秘義務はそういうのとは違うものとして観念されているのか?
そのうち調べる。(帰国したら?)
[要調査メモ]

テーマ : 法律全般 - ジャンル : 政治・経済

00:16  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.18 (Tue)

Finalists

現在、大学は期末試験期間中なわけでして、図書館で仕事をしていても周囲は空気がピリピリしています。
まあ、特に1Lなどは大げさに言えば一生が決まりかねないかも知れないわけで、ピリピリするのにもワケがありますが。

しかしそれ以外はクリスマス(→休暇)モードに入りつつあるわけでして、何だかちぐはぐな気分です。
18:35  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.17 (Mon)

クリスマスなので

今日はかなり風の強い日でした。
晩秋以降、風の強い日が多いように思います。以前"Windy City"で暮らしていた頃よりもそう感じます。
もっとも、前は大学のすぐ傍に住んでいたのが、今回はwalking distanceとは言え地下鉄約一駅分あるので、単純に外を長く歩いているだけかも知れませんが。


基本的にこれと同じアングルですね。
大屋さんの部屋のドア
よく見てもらえれば分かりますが、標語は"Happy Holidays"になっています。宗教的中立性の観点から最近はあまり"Christmas"と言わないとのこと。
まあ最初から商業化されている日本語の「クリスマス」(*1)と違って、英語の"Christmas"からは容易に"Christ"が連想できますからね。
ここら辺も“マルチカルチャリズム以後”です。
玄関
22:57  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

National Constitution Center

今日はNational Constitution Centerに行った。

とだけとりあえず書いておく。
内容としては、こちらで現時点において(*1)標準的な(≒教科書的な)憲法史、憲法制度の解説の展示、という印象。社会科/公民の授業でやるような内容を、博物館まるまる1個作ってやっている、という感じ。
詳しい人が訪れても新しい情報はないかも知れないが――そしてこういう所を訪れる日本人はそれなりに関心と知識を持っている人に偏っているだろうが――、アメリカ人が自らのnational identityをどのように確保しようとしているか、の観察としては面白く観られる。

・常設展の最初に、独立~合衆国憲法成立を中心とした憲法史の導入的なプレゼンがあるのだが、"What makes US Americans? You? And You?"って、俺アメリカ市民じゃないけどなぁ、と思う(汗)

・「アメリカ史に登場する人々」をたくさん集めて簡潔に解説しているインタラクション展示があるのだが、政治的・社会的リーダーのみならず、ジャッキー・ロビンソンとかモハメド・アリとかのcultural herosも含まれる。中には"Mickey Mouse (1928~)"なんてのも。

・最高裁裁判官のローブを着て、幾つかの事件を題材にその仕事を学ぶ、という展示。もちろん着ました(笑)

・奴隷制やJim Crow law、Korematsu、最近ではNixonなど、歴史の負の部分の展示もある。むしろ「無謬であったとは言わないが、問題を乗り越えてきたのが我々の強さだ」というメッセージか。

・対外関係については弱い。

・憲法制定会議の様子を等身大の像で表現した展示があって、自由に入っていける。それぞれ誰であるか示されているが、「この座っている老人は誰だ?」と思ってよく見るとベンジャミン・フランクリンだった。当時81歳。会議でも重鎮的位置付けだったのだなと実感する。
・中絶とか、憲法解釈方法論とか、現在の論争点についても(両論併記で)言及されている。
「我々は時々disagreementもあるけど、だからdebateし続けている。建国の父祖らがそうであるように」というメッセージが強調される。「それこそが我らの強さだ」と。
正当性(正統性?)の淵源をどこに求めるか。

・もちろんこの博物館の存在自体も含め、一連の展示は国家国民の構築のためのプロジェクト(*2)の一環なわけだが;
そしてそうした国家国民を公共的生活に動員しようとしているわけだが;
そこで強調されるのは、そうすることによって「自由freedom」の恵沢を確保することになるから(*3)あなたも参加しましょう、というメッセージ。
つまり、こういうご利益(ごりやく)があるから、公共的生活に参与しなさいよ、と。
これは日本における愛国心(教育)論争とかなり対照的。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

23:15  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

死刑:被害者感情論

死刑関連でもう1つ。少し前だが興味深い一節があったので。
Death Penalty Tests a Church as It Mourns - New York Times
By ALISON LEIGH COWAN
Published: October 28, 2007
http://www.nytimes.com/2007/10/28/nyregion/28cheshire.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin
ポイントの要約:
・死刑制度への反対を強く主張する教会があった。
・この教会の熱心なメンバーである女性とその10代の娘2人が殺害された。
・教会のメンバーはこれに対してどのようにリアクトすべきか意見が分かれている。
・被害者の夫/父親(一応教会には来ている)がどのように考えているかは明らかではない。
・被害者である妻/母親が死刑反対論者であったことは明らか。殺人事件に巻き込まれた場合に死刑を求めない文書に署名していたとの証言もあるが、この文書は見つかっていない。

私の興味を引いたのは、記事が引用する(この事件には関わっていない)ベテラン検察官の次の言葉:
"Our job is to enforce the law no matter who the victim is or what the victim's religious beliefs are... If you started imposing the death penalty based on what the victim's family felt, it would truly become arbitrary and capricious."
被害者が誰であるかやその宗教的信念が何であるかにかかわらず法執行すべきである、遺族がどう感じるかで死刑を科すかどうか判断するとすれば、それは恣意的であてにならないものであろう。

日本では昨今、ともすれば遺族の感情論に最大のウェイトを与えられ易い(*1)が、それこそがarbitoraryでcapriciousな、正当性を欠く法執行となる、という考え方にはハッとさせられた。(*2)

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

23:05  |  アメリカ法  |  TB(2)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

死刑:コスト論と弁護士費用

死刑の話になったので、関連する話を書いておく。
Capital Cases Stall as Costs Grow Daunting - New York Times
By SHAILA DEWAN and BRENDA GOODMAN
Published: November 4, 2007
http://www.nytimes.com/2007/11/04/us/04penalty.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin
コスト論との関係。
政府側が弁護士費用を支払う財源がカラになり支払えなくなったので、裁判官がトライアルを延期している、という話。
もちろん弁護士なしでトライアルをやれば上でアウトになるのは確実だし、弁護はadequateである必要があるからcompetentな弁護士である必要がある--そしてcompetentな弁護士であればしかるべきfeeを要求するだろう!
この事件は2005年3月に起きた、裁判所庁舎内での銃撃という当時話題を呼んだ事件だが、この記事執筆までに120万ドル≒1億3千万円の費用(恐らく大部分は弁護士費用)がかかったと報告されている。

若干のコメント:
・検察側が死刑を諦めれば費用の節約になる可能性が示唆されている。すなわち終身刑へ切り替えれば有罪を認めることを被告人側は持ちかけているが、検察側が応じていないとのこと。
もちろんこれは答弁取引(plea bargaining)の実務を前提とした話になる。答弁取引制度を前提とすると、コスト論の観点からは、死刑制度を維持したほうが終身刑になる可能性が高まるのではないか。

・それにしても、competentな(被告側)弁護士はかなりもらうんだな、の感。
ロースクールでdeath penalty clinicなどに人気が出るのも、単に「人権のために闘おう」といった純粋な動機に限らず、稼げるから、というのもあるのかも知れないと邪推。(*1)

・こうしたことが可能になる前提としての、連邦制の構造。
能力のある弁護士による弁護を含め、しかるべき防御の機会を与えないと、連邦のほうの裁判所でアウトにされる可能性があるから、州政府はしぶしぶながらも何とかしてしかるべき防御の機会を与えなければならない。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

22:42  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

NJ死刑廃止

ニュージャージーの死刑廃止について書こうと思ったのだが、コスト論への言及も含めて日本のマスコミでも既に報道され、ブログもあちこちで書かれているようなのでやめることにする。

lethal injectionが連邦最高裁へ上がっているし、2008年は死刑が大きな争点になるかも知れない。


メインでない点について、その1。
かめ?:コストの問題 - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/gegenga/archives/51224931.html
こちらのブログ・エントリでは、被害者の遺族の見解の取り上げ方について毎日新聞と産経新聞の違いを問題として指摘していますが;
こちらで報道を読むと、ちゃんとした所の記事は皆な、両方の意見を載せているんですよね。
別にこの論点に限ったことではなく、社会問題一般について。

正確な背景はジャーナリズム論とかを知らないので分からないし、政治における二大政党制なども影響しているのだろうけれども、ともかく「世情の意見が分かれる論点については双方の意見を載せるべし」というジャーナリズム倫理・行動規範(ethics; code of conduct)が確立しているように思える。

偏っていることを前提にしているアメリカのジャーナリズムでそうなのだが、日本のマスコミは「中立公正」を謳いつつ偏りが見られる。「双方の意見を併記」など、そう難しくない技術だと思うのだが。(*1)


その2。上のブログつながりで読んだ毎日新聞の記事がツッコミどころ満載なのでツッコんでおこう。
(cache) 死刑:米ニュージャージー州が廃止に 議会下院で法案可決 - 毎日jp(毎日新聞)
「米国では72年に連邦最高裁が「死刑は憲法違反」との判断を示し、各州が死刑を廃止した。だが、76年に最高裁が先の判断を覆したため、死刑を復活させる州が相次いだ。」
http://s01.megalodon.jp/2007-1214-1513-32/mainichi.jp/select/world/news/20071214k0000e030076000c.html
Furman判決(*2)は確かに読み方の厄介な判決だが、「死刑制度それ自体」を違憲としたのは2名の裁判官のみ。もう3名は「この死刑宣告は違憲」という適用違憲判断。
Furman判決を受けた各州の反応は、合憲たりうる死刑制度への改革。州は「如何にすれば死刑制度を維持できるか」を考えた。
Gregg判決(*3)はこの動きも受けた上で、死刑制度それ自体は合憲であることを確認したのであって、Furman判決を「覆した」とは言い難い。もっとも、同日の別の判決は別の州の別の死刑制度を違憲判断している(*4)ので、細かい制度設計に審査を加える法理はむしろここから始まったとも言える。

「この記事を論評しなさい」という試験問題を作るには格好の材料だなぁ(^^;
「米国の死刑執行…。ほとんどは薬物注射によって行われ、連邦最高裁は9月、「むごい罰」を禁じた憲法に違反していないかどうかの検討を始めた。」
lethal injectionが"cruel and unusual punishment"にあたるかというのは、薬物注射一般がどうかという問いではなく、ちゃんとした手順に従って実行されれば苦痛もなく死ねるのだが、必ずしも訓練を受けていない人間が実行すると手順を間違えて苦痛を与える(が周囲は気付かない)、これは合憲か、というかなり限定された問い。ここももうちょっと慎重に書いて欲しい所。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

21:23  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

Wツインテール

今野緒雪『マリア様がみてる 薔薇の花かんむり』読了。(何でそんなの読んでるんだ、というツッコミは却下。)
年末には次の巻が出てしまうし、次巻以降、タイムリーに入手できない可能性も高い。節目の巻だし、感想を書いておこう。この巻の、と言うよりここしばらくの数巻の、だが。

テーマ : ライトノベル - ジャンル : 小説・文学

00:07  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.13 (Thu)

小包

実家から船便で送っ(てもらっ)た荷物、最後の1個がようやっと届いた。
他の船便荷物は1ヶ月も前に届いていたのに、太平洋上で迷子になったか、保険ナシでリスクは覚悟していたから諦めかけていたところだった。

アメリカ側通関は12月8日、アメリカに到着してからはそんなにかかっていない。
日本側郵便局の消印は「2007年11月X日」。発送日は10月前半なのだが、「X日」になっているのが怪しい。
小包
郵便局で放置されていた可能性もある。

まあ傷むような中身ではなかったのでほとんどダメージはないが。
中身は冬物の衣類。当地もだいぶ寒くなってきたので宝の山のような感じ。
中には到着を待ちきれなくてこちらで買ってしまったものも入っていたが。
23:24  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.12 (Wed)

right

権利論系の論文を読んでいると、"the right"という言葉が繰り返し出てくる。
「リベラル系の書き手なのにウヨクとはこれ如何に」と妙な気分になる(笑)

テーマ : 英語 - ジャンル : 学問・文化・芸術

15:11  |  オレ辞書  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.10 (Mon)

Get Your Gun

アメリカ発祥の地でアメリカ法を思考する - 見えない自由がほしくて 銃を
http://izw134.blog74.fc2.com/blog-entry-80.html
Gunman at an Omaha Mall Kills 8 and Himself - New York Times
By ARDY FRIEDBERG and MONICA DAVEY
Published: December 6, 2007
http://www.nytimes.com/2007/12/06/us/06omaha.html?th&emc=th
2 Fatal Shootings at Colorado Religious Sites - New York Times
By ROBERT D. McFADDEN
Published: December 10, 2007
http://www.nytimes.com/2007/12/10/us/10shooting.html?th&emc=th

大学の本屋で面白い本を見つけた。
”Armed
  • "Armed America: Portraits of Gun Owners in Their Homes"
  • Photograph by Kyle Cassidy
  • Krause Pubns., Inc., 2007
  • ISBN=978-0896895430

どんな本かはサブタイトルと表紙から分かるだろう。銃を持った一家を自宅で撮ったポートレートを集めた写真集。"Why do you own a gun?"という問いの答えとともに、100組(たぶん)
「一家」といっても様々で、一人から4人までは確認した(5人以上は未確認)。ペットが一緒に写っている場合もある。

写っているのも、いかにも保守っぽい中年男性が中心となった一家も目立つが、若いカップルやタトゥーを入れたヒッピー風の若者、おばあちゃんもいる。
但し、圧倒的に白人で、マイノリティはdisproportionalyに少ない。本屋の店頭でパラパラと眺めた限りでは、黒人は4名、全員一人で写っている。黒人は皆ペンシルバニアの人間なのはカメラマンがフィラデルフィアの人間だからか。あとはアジア系と思しきもう一名。のみ。


日本人の感覚からすると、銃を持ってにっこりポートレート写真、特に子どもが、というのは違和感もあるだろう。
銃暴発:2歳児が死亡 父が部屋を離れ、数分後 5歳兄「触った」??東京・目黒 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/jiken/archive/news/2007/12/10/20071210dde001040023000c.html
東京・目黒区のライフル暴発:油断、幼い命失われ 「仲の良い兄弟が」 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/jiken/archive/news/2007/12/10/20071210dde041040012000c.html
しかし、日本でなら、(子どもが、ということはないかも知れないが、)日本刀を構えて一枚、というのはありそう(*1)で、そういった辺りと比定するのが適当かも知れない。
差異を見出すか、同質性を見出すか。
そもそも「武器を持ってスマイル」に違和感を感じる感覚自体が、刀狩や廃刀令等、権力によって政治的に構築されたものであることは思い出すに値する。(*2)


とまれ、アメリカ人の銃に対する感覚は捉まえるのが難しいし、そうしたところを捉まえようとしたのがこの本の狙いだろう。
ただ、この本、本屋の"Humorous, Helpful & Odd"のコーナーに平積みされていたのはどういうことなのだろうか。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

23:55  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.09 (Sun)

Not Even Justice, I Want to Get Truth

コメントにできる長さではなくなりましたので、エントリを起こしてトラバすることにします。
法と経済学に詳しいかはともかく、トラックバックを頂きましたので。
Don't Fear the Reaper : 日本法終了
「私にとって一番面白かったのは、HaleyとRamseyerの議論。日本人がなぜ訴訟嫌いなのか、いや、そもそも日本人が訴訟嫌いというのは本当か、…」
「非常にざっくりまとめてしまうと、Haleyは日本では「訴訟を起こすこと」は「非」効率的であると主張するのに対し、Ramseyerは訴訟を「起こさないで和解すること」が「効率的である」とする。」
「Ramseyerの主張は、結局は、予測可能性の高さに依拠せざるを得ない。予測可能性の高さは、法が硬直化していることの裏返しかもしれないが、そのことについての言及はないようだ。レヴィン先生はRamseyer流の理解について「正義はどこへいったの?」とコメントした。」
http://eastriver.exblog.jp/6908296/

HaleyもRamseyerも読んだのは随分前なのであやふやな記憶に頼るしかないが、私ならこういう視点で整理する、というのを箇条書き風に。

・紛争処理を紛争発生時から考えると、実体的には既存の資源をどちらに帰属させるかというゼロサム・ゲーム、手続を加味すると手続コストがかかるからマイナスサム・ゲームになってしまう。
そうすると、効率性の観点からは社会全体(と言ってもよくあるモデルでは原告・被告の2者)としては如何にマイナスを減らすかが政策目標となり、結局法定の=法廷の手続を如何に早く打ち切って、手続をフルに使うというコストを削減するか、という発想に行きがち。
無論、後ろにトライアルという重い手続が控えた上で弁護士主導で行われるプリトライアル(≒ディスカヴァリ)手続、というアメリカ民事訴訟法の特徴も影を落としている。
そういう意味で、正義=justice=司法制度は、最初から「どこかへいっちゃっている」。

・Haleyの議論とRamseyerの議論は排他的なものではなく、両立し得る。
いずれのほうが、相対的な訴訟数の少なさという現象をより説明できるのか、どの程度の割合で貢献しているのか、ということは検討の対象とし得るが、データセットが中途半端で計量的な検証は難しい。どのような民事紛争がどの位の数発生しているかを集めねばならないが、特に民事紛争一般を考えようとすれば、「紛争」概念それ自体ともかかわり、かなり困難だろう。

・Ramseyerの議論が交通事故という責任原因において比較的斉一的で、かつ裁判所が損害の認定も含めて定型的処理に努めてきた分野に依拠している分、Haleyの議論のほうが射程が長い。

・Ramseyerの議論にも政策的含意はある。予測可能性の高さが和解を含む裁判外の紛争処理を促進するという知見からは、手続コストの節減を政策目標として設定するのであれば、実体的な責任原因・責任の範囲の双方を含め、予測可能性を高めるべし、との政策提言につながる。

・このことを「法の硬直化」としてネガティヴに評価するかは、メタレベルの価値選択基準に依存する。
日本の学説でも、(イデオロギー的な動機は全く違うだろうが)損害の定型化等は有力に主張されてきている。

・Ramseyer説の最大の弱点は、ここ15~20年の状況を説明できないこと。下は戦後の民事訴訟事件新受件数の推移(*1)だが:
戦後の民事訴訟事件・新受件数

川島テーゼの妥当していた1970年代頃まで(*2)は件数は比較的低位安定しているが、簡裁事件およびそれに伴い合計件数が80年代前半に大幅な伸びを示し、後半に大きな落ち込みを見せた後、90年代以降着実に件数を増やしている。地裁事件も一貫して着実に増加している。
80年代を説明するのは難しいが(*3)、少なくともここ15~20年は訴訟件数はコンスタントに増加し、戦後最高を更新し続けている。この間、日本法が急速に予測可能性を減じたとは言えないはずで、予測可能性→裁判外紛争処理説はこれを説明できない。(*4)
この間の民事訴訟改革を指摘することで、Haley説のほうがより妥当性を主張できる。

テーマ : 法律全般 - ジャンル : 政治・経済

12:53  |  日本社会  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.07 (Fri)

Guantanamo on Trial

Justices to Answer Detainee Rights Question - New York Times
By LINDA GREENHOUSE
Published: December 6, 2007 WASHINGTON, Dec. 5
“When it comes to the rights of the detainees at Guantanamo Bay, the Supreme Court, and not the president or Congress, will have the last word.
That was the clear part of the message to emerge Wednesday from the Supreme Court argument... "
http://www.nytimes.com/2007/12/06/washington/06scotus.html?th&emc=th
Justices Appear Divided on Detainees' Rights - washingtonpost.com
Guantanamo Prisoners Get New Supreme Court Hearing; Independent Review at Issue
By Robert Barnes
Washington Post Staff Writer
Thursday, December 6, 2007
"Detainees held for nearly six years at the Guantanamo Bay military prison got another hearing at the Supreme Court yesterday, but the justices appeared to remain divided about whether the prisoners deserve a more basic right to challenge their imprisonment before a judge."
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/12/05/AR2007120500257.html?wpisrc=newsletter
同じことを書いていながらこの力点の置き方の差は、両紙の色の差が出てるなぁ。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

23:49  |  アメリカ法  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.05 (Wed)

初積雪
初積雪です。
まぁ札幌基準だと誤差の範囲って感じですが(笑)
23:15  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.05 (Wed)

で、誰をひっぱたくのか

中島岳志的アジア対談:フリーター、「左派」or戦争??赤木智弘さん - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/enta/art/news/20071122dde014070009000c.html
日本を離れてしまったので最近の状況はフォローできていないし(*1)、新著も未見だが;
赤木智弘「『丸山眞男』をひっぱたきたい」は確かに今年の話題の一つではあった。自分も団塊ジュニア、「損をした」と思っている70年代生まれで、基本的な感覚は共有する。が、その後の展開は最初に同稿を読んだ際に感じたインパクトほどではなかったな、という気がする。

自称リベラル/左派の欺瞞性を炙り出すことは同稿の目的の一つだっただろうし、そしてそれはある程度成功しただろうが、逆に言うとそこにフォーカスが集まり過ぎてしまったように思う。もっと口悪く言ってしまえば、サヨクの内ゲバとしか、サヨクにシンパシーのない身からすると見えない。
社会問題の本体である、氷河期世代の労働問題+そこから派生する諸問題――社会的威信とアイデンティティ、恋愛/結婚/家族形成(*2)etc.――が、むしろ後景に退いてしまったのではないか。(*3)

赤木氏自身「宇宙人との戦争」と言ってしまったことで、最初のインパクトが薄れてしまった。当初は「恫喝」とさえ評されたラディカルな問題提起であったはずだが、「宇宙人」と言ってしまったことで、ブラックではあるもののメシア待望論になってしまった(*4)

メシア待望論では社会問題の処方箋は書けない。

苦しい、ということは、救済の必要条件でしかない。
救済の十分条件こそが、前景化されて議論されなければならない。(*5)

問われるべきは

中島氏>「国家がもっとまともに、所得の再分配をするしかない。あるいは経営者がもう少し現状の危機を自覚するべきです。」
この種の問題では二言目には「政府と企業の責任」と言われるが、それでは問題の入り口にすら立っていない。
企業も、政府も、別に(例えば)氷河期世代を苦しめることを目的として、そのようなpolicy(方針/政策)を採っているわけではない。それぞれ置かれている状況において、そう行動するのが合理的であるが故にそう行動している(と推定できる(*6))。より具体的には、そう行動することを期待する人々なりがいるから、経営者も為政者も彼らに対応しているに過ぎない。だとすれば、当該policyをovercomeするためには、企業なり政府なりが誰の方向を向いているのか、誰の利益になるように当該policyを採用しているのかを、まずは同定しなければならない。
真の“敵”は、政府でも企業でもなく、それらが向いている先にいるもの(者/物)であろう。ここが同定されて初めて、いかなる救済――そちらではなくこちらによこせ――の正当化(十分条件の主張)がvalidなものであるかも組み立てることができる。

“敵”は誰か

世代間闘争?
それでは誰(どのグループ)を“敵”として想定するか。
実はこの点も赤木論文では軸足にブレが見られた。
NHKスペシャル「ワーキングプア」を参照しつつ、「ポストバブル世代」と「経済成長世代」とを対抗させて、90年代不況下、団塊世代の雇用を守るために新卒採用の抑制+非正規労働へのシフトがなされた結果、氷河期世代は苦しんでいる、というのが基本的な状況認識であろうし、そうすると
  • 世代間分配
の不公正が主たる関心なのだと理解する。
しかし、話のオチ及び表題では、戦時下、小学校卒の一等兵が、帝大助教授の丸山眞男をひっぱたくエピソードを持ってくる。ここでは
  • 世代内分配
こそに関心を寄せているように読めてしまう。(*7)

「職という資源の世代間分配の公正」と政策目標を同定した上で、ようやっと処方箋を書く段階になるが、ここに踏み込んでいる議論は驚くほど少ない。もちろん「目立たない」「私の目に付かない」のほうが正確な表現だろうが(*8)、例えば赤木本キャンペーンサイトの言及まとめ(*9)に挙げられているブログ・エントリを眺めてみれば、相対的にはやはり少ないと言って誤りではないだろう。

そして具体的な政策対応としては、例えば城繁幸氏が職能給から職務給への移行を主張しているのは処方箋の提案の一つと位置付けられる。
一見労働者に厳しく従来型の労働界からは批判を集める八代尚宏氏の提言(正規従業員の非正規労働者なみ待遇への切り下げ)を赤木氏は評価する。八代提言は結論において「世代間分配の公正」――同一労働に対する同一報酬――をもたらすと考えられる限りにおいて、赤木氏の評価は一貫していると言える。

安売りバンザイ!?
無論“敵”は他にもすぐ思いつく。
経営者であれば「競争力」を引き合いに出すだろう。製造業であれ、流通を含むサービス業であれ、価格を抑えなければ売れないのだと。
この主張を受け容れるとすれば(*10)、フリーターから収奪しているのは、受け取っている価値に対して見合う対価を支払わない(あまつさえ、モットと要求する)
  • 消費者
であろう。
無論ヨリ安くというのは消費者の習い性ではあるが、特にサービスに対して日本の消費者があまり払いたがらないとされるのは何故か、という問いは検討に値する(*11)(*12)(*13)

関連して興味深いのが、今年のタクシー料金値上げをめぐる政府の対応だ。
タクシー運転手の苦境は周知のことだと思うのだが、それに与する声は聞こえない。
「消費者の理解が得られない」と東京地区につき先送りされ、認可された値上げ幅も圧縮されている。
「政府規制によって高価格体質になっているから市場に委ねるのだ」というのが90年代以降の規制緩和論なわけだが(*14)、本気で市場を重視するのであれば、料金値上げも市場に委ねるのが筋だろう(*15)。市場主義者のはずの太田弘子大臣が値上げに反対意見を示したのは奇妙なことだと思った。

「株主価値最大化」とニッポン株式会社の崩壊
そしてもちろん、
  • 資本
の問題系はどこまでも残る。
赤木氏に攻撃されている「経済成長世代」や伝統型左派であれば、「オレたちからじゃなくて向こうから奪ってこいよ」と言う(言っている)だろう(*16)。あるいは、消費者がしみったれた支出しかしないのは手元不如意だからであって、賃金水準を上げれば個人支出も増える、というのも標準的な議論だろう(*17)

外国人投資家が東証の主役を勤めている状況で、「株主重視」経営をすれば富が海外へ流出するのは当たり前だろう(*18)。戦後日本型株式会社を株主よりも労働者を重視する体制と評価して懐かしむ見解もあろうが、自分はこれを手放しで擁護するつもりはない(*19)。ただ、90年代以来の会社組織のあり方の転換についてはタイミングが悪過ぎた(*20)(*21)

厄介なのは、現代において「資本家」の顔が見えなくなっている(*22)。「金利が上がって銀行預金に利子がついて嬉しい」と思っているあなたや私は既に資本家だ。ファイナンシャル・プランナーや銀行からのDMが言う「お金に共働きさせましょう」も同じ意味。「機関投資家」が「セーフティ・ネット」たる「年金」基金だったりする。

「コーポレート・ガバナンス」の強化の結果、経営者は「株主価値の最大化」、それも短期的な、のみに腐心するようになったわけだが、これはパイを膨らませるというまさしく「経営手腕」によるものというよりは、中期的コスト――教育訓練等、労働者の能力開発に代表される――や長期的コスト――人口再生産に代表される――を外部化しただけのゼロサム・ゲームだった。市場主義を(コースの定理を?)至上に信奉すれば、これも中長期的には調整されるだろうという楽観もアリだが、日本経済と日本社会がその前に滅びるかも知れない。それはそれであり得る選択肢かも知れないが(*23)、それを避けたいのであれば、やはり政策による誘導が必要になる。
最賃法や労基法等による労働市場への直接介入が耳目を集めがちだが、自分としてはやや消極的な見解を持っている(*24)。労働市場の硬直化を招きかねない(*25)し、執行コストも高いだろう。
むしろ、労働への分配に対する税制優遇などのインセンティヴ策のほうが効果があるのではないか。

決定の非対称性。
経営側が一方的に労働条件を決定できることが、労働側にコストが押し付けられる原因となっている。
従って労働条件の決定に労働者の意見を、故に組合の活性化を、というのがよくある思考の流れだが、(でそういう意見をやはり否定はしないが、)やはり上策とは思わない。この状況を経営側から見れば、労働側が何か言ってくるのはノイズにしか聞こえない。「労働者の意見を聞かないとはケシカラン」というのは情緒的な批判に過ぎるし、だから法規制をと言っても、執行コストの問題もあるし、経営側からすれば法規制を最低限クリアすればいいや(*26)、ということになる。

政策を考えるなら、労働者の利益を守るのが経営上の利益になる、経営上の利益を追求すると労働者の利益になる策を採らざるを得ない仕組みを組むのが賢明だろう。
ちょっと巧い例ではないかも知れないが、ホワイトカラー・エグゼンプション。サービス残業等が問題ではないと言うつもりはない。が、あの時の議論が、導入範囲について年収800万以上だ、400万以上だと数字の線引きに集中したのは奇妙に思った。ホワエグの導入は義務ではなく経営判断に基づくのだから、だとすれば労働者と経営者の利害を一致させればよい。例えば、役員報酬平均の70%以上の年収の従業員に導入可、と。こうすると、ホワエグを導入したい経営者は、従業員の給与を上げるか、自らの報酬を下げるか、ということになる。

最初の話に戻れば、

そもそも、赤木論文へのリアクションが、具体的な政策論ではなく、「若者の恨み」云々と個人化/心理化した(上でそれを社会全体に拡張する)議論(社会論?)--これは「自己責任論」と対称形ではないのか?--に何故集中した/するのか、ということ自体、日本における公共的問題をめぐる討議と決定(無決定?)のあり方の特性に関する、興味深い問いだろう。(*27)(*28)

テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

03:23  |  日本社会  |  TB(3)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.03 (Mon)

distributive justice

distributive justice
〔名詞句〕
《哲学》「分配的正義」「配分的正義」
もちろんアリストテレス由来の由緒正しい概念なわけだが;
経済学では"allocate" "allocation"を「配分(する)」と訳し、"distribute" "distribution"を「分配(する)」と訳し分ける(*1)ことからすると、「分配的正義」のほうがいいのかなぁ、と。

「アリストテレス 配分的正義」でググると約1200件、「アリストテレス 分配的正義」でググると約817件、やや「配分的正義」のほうが優勢の模様。なんか互換的に使っているページもあるし(^^;
「アリストテレス」を削ってやると、「配分的正義」が約24500件、「分配的正義」が約55800件と逆転。

テーマ : 哲学/倫理学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

21:09  |  オレ辞書  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.02 (Sun)

ガラスのフタ

雨なので篭る。


アパートの部屋の前の住人は料理好きだったらしく、残っていた食器やナベ釜はそのまま利用している。

卵を目玉焼きにして食べようと思ったのだが、手頃なフタがない。正確にはガラス製の鍋蓋があるのだが、ガラス製なので直径が小さく、故に直径の小さなフライパンにしか使えない(*1)
やむなく小さめのフライパン+このガラスの蓋で作業をするが、直ぐに長所に気付く。
自分は目玉焼きは硬目玉派なのだが、これまではアルミの蓋を使っていたので、十分に硬くなる前に蓋を開けてしまったり、逆に焦げてしまったりしていて、良い加減を目指すには微妙な感覚が要求されていた。

ガラスの蓋ならば硬まり具合を見ながら調理できる。

「何アタリマエのことを」とは言わんで下さい。
不精な男の料理などそんなもんです(汗)
23:10  |  身辺雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.01 (Sat)

CAFAシンポ

昨日・今日と、2005年クラス・アクション公正法(Class Action Fairness Act of 2005; CAFA(*1))に関するシンポジウムに出る。錚々たる民訴学者を集めたパネリスト。
ペーパーを読みきれなかったので(*2)あきらめて完成バージョンを待って読むことにする(*3)


CAFAは重要立法だとは思っていたが、ここまでの重要性がある(と認識されている)とは思っていなかった。
以下、気がついた点、引っかかった点を箇条書き的に。

・どちらかと言うとCAFAに批判的ないし懐疑的。
・CAFAの立法過程にも批判的。特に党派性の強さを批判。
・でももうできたのだし、ならばそれがどういう風に運用されるべきか、どういうインパクトを持つのか、既にどんな影響が出ているのかを検討しようというのが基本的な論調。

・弁護士は新たな環境に対応しつつある。確かに事件は連邦裁判所に集まるようになっているが、移送の結果と言うより、最初から連邦裁判所に提起するようになった。連邦裁判所の内部でのforum shoppingと巡回区間の差。
・裁判官はCAFAを慎重に運用している。Republican male judgeを除く(*4)
・立法目的である、被告(≒ビッグ・ビジネス)を有利にしているかは微妙。
・でも中長期的にどうなるかは分からない(*5)。弁護士側の対応その他の環境の変化により、意図しない結果は出てくるだろう。


自分的にツボに来た議論が
・手続の持つ実体的含意を前提としつつ、
・national market概念。nationalな法の発展(の可能性)(*6)。Erieドクトリンが廃棄されたのだ、という主張まであった。
・←→連邦制との緊張関係。特に州の地位の低下の可能性。
・他方で、州の利益が別の回路で主張される可能性も。
・そこでのgovernance structure。

自分的にはこれまでクラス・アクションには立ち入らないようにしてきたのだが、CAFAがこんな実体的含意(しかも潜在的にかなりラディカルな)を持っているとは思っていなかったので強い印象を受けた。
ここ数年、右足と左足で別々に乗っかっていてバラバラ感が強くてバランスが取れなかったものを統合するthemeないしmotifを得たような気がする。とは言え問題が大きすぎてこれから5年~10年の課題といったところか。クラス・アクションに立ち入らないでできるかな。
…とりあえずは目の前の仕事を片付けないと。この校正やろ。


日本人LL.M.の方が2人出席していたのでご挨拶。(授業の一環だそうで。)
目の前に座っていた方のラップトップの画面が日本語版ウィンドウズだったのが目に入って声をかけてみたら、院生時代に学会手伝いバイトで一緒になった方だった。世界は狭い。

以前読んだ論文が面白かったS教授に会えたのも良かった。私のツボに来るような所を書いているし、本人もできる人だった。収穫。

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

23:57  |  アメリカ法  |  TB(1)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.01 (Sat)

コンサ優勝&J1昇格

ふぅ、コンサドーレ買った。あぶなっかしいなぁ(笑)
京都もヴェルディも前半の早い段階で先制していたのに、同じ時間帯に先制されているんだから(^^;
まぁ結果から見れば京都が追いつかれたので負けでも昇格という状況だったが、勝ちまで持っていけたのはシーズンの締めくくりとしては気分がいい。ヴェルディも終盤に追いつかれたおかげでJ2優勝まで転がり込んできたし。

今日のゲームも先制されるし、今シーズン後半の不安定ぶりを見ると来期J1で大丈夫かなと心配にもなるが、頑張れ、ということで。


日ハムのポストシーズンについて書いていなかったが…あんな感じかな、後半戦の様子からすると。
監督他が変わるわけだし、新監督が自分の色を出そうと思うのは当然だけど、ヒルマン体制で機能していたものがあるのだから、それは継承してもらいたい。
コンサも、確かに三浦イズムの浸透が今期の躍進の原動力であるのは確かだが、柳下体制下で培われた攻撃力も重要な役割を果たした、確実に守れるようになったからこそ攻撃力も生きるようになった、と考えている。

テーマ : スポーツ全般 - ジャンル : スポーツ

00:16  |  札幌  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。